「2020年東京オリンピック・パラリンピック招致に向けて」
平成23年度第1回「〜東京ビッグトーク〜石原知事と議論する会」
議事概要
●テーマ |
「2020年東京オリンピック・パラリンピック招致に向けて」 |
●日時 |
平成23年9月13日(火) 15時から16時30分まで |
●場所 |
都庁大会議場(新宿区西新宿2−8−1 都庁第一本庁舎5階) |
●出席者(敬称略) |
石原慎太郎 東京都知事 ◆コーディネーター ◆コメンテーター 公募都民等 460人 |
●発言要旨
以下は、出席者の発言内容を生活文化局広報広聴部で要約し、取りまとめたものです。
※文中、敬称略
○松岡(コーディネーター)
今日はこちらです。「2020年東京オリンピック・パラリンピック招致に向けて」ということです。半年前に震災がありまして、今、日本が心を一つにしようとしている、この復興に向けての目標としてのオリンピック・パラリンピックでもあります。今日は、ゲストの皆さん、そして、石原都知事、そして皆さんと一緒に、オリンピックがくることを、パラリンピックがくることによってどう変わっていくのかというお話をしていきたいと思います。
ちなみに、僕は、今日はコーディネーターということで、自分の意見は言うなと言われておりますから、ほとんど言わずにいかせていただきたいと思いますが、僕は2008年の大阪の招致のときに委員で行きまして、ロシアで落選するのを見ました。そして、2016年、僕はこの場で皆さんとともにずっと映像を見ながら落選するのを見ました。非常に悔しい思いをしました。そのときあったのが次に東京は立候補するのか。石原都知事だったらするだろうねという話だったんです。その中で、2020年オリンピック招致、パラリンピック招致が決まりました。
その招致の思いについて、都知事、よろしくお願いいたします。
○石原知事
あのね、皆さんにまず最初、耳に聞きにくいことを言います。今のじゃだめだ。日本人は甘いよ。コペンハーゲンでかなりいいプレゼンテーションをやったんだ。まずアメリカが落ちて、その後日本が落ちて、結局リオデジャネイロになったんですけれども。
種目によってはプロもたくさん参加する。でも、いずれにしろトップアスリートが集まって、自分の肉体の限界を示して戦う、楽しいというかすばらしいスポーツのショーですよ。
この間、私は、自分の担当しているコラムに書いたんですが、今、世界全体、歴史の大きなうねりがきているのね。話は飛ぶけれども、私ちょうど9.11の時にワシントンにいて、前の日に行ったペンタゴンは次の日、目の前で燃えているのでびっくりした。それで会う人間にも会えずに帰ってきたんですが、あの多発テロも含めてその後あちこちで起こっている。
私が実際に会った最初のエジプトの大統領ナセルも、インドネシア最初の大統領のスカルノも同じことを言った。「石原さん、我々が独立できたのは日本のおかげだ。我々は日本のおかげで発奮して、第三次世界大戦を戦って勝った」と。「第三次世界大戦て何ですか」と言ったら、「独立運動ですよ」と。それでとにかく今日の社会全体ができた。
そういうところは日本には本当にとろくて、総力戦ができないから、随分ばかな金を使ってODAをやっている。しかも、ODAは皆さんに言ってもわからないけれども、かつてはタイドだった。つまり、これだけの援助をしますけれども、日本は技術はつくれとかというんですよ。日本の技術を使って日本のものを買いなさいと。いつの間にか、そんなことを言うと偉そうに聞こえるからとアンタイドにした。外国が後れている国に送っているODA、国際援助というのは全部タイドですよ。自分の国の技術を買え、自分の国を買え、おまえの国は後れているんだから、うちのものを買えと。日本だけODAをアンタイドにした。
一事が万事で、ここに集まった日本のトップアスリートたちはオリンピックに参加して、これからもいろいろ仲間たちを出して、いい成績を上げたいと思っている人たちばかりだと思うけれども、そのためにはJOCなり日本体育協会が本気になって頑張らないとだめ。「石原さん、お願いします」と。やるだけはやるよ、僕は。
この間も体育協会の100周年記念があって、天皇陛下が見えました。その後、レセプションにきて乾杯を一緒にやってくれというから、私も挨拶しました。私の前にロゲという今の会長が、「皆さん、心配していらっしゃるけれども、東京は大丈夫ですよ、東京オリンピックは韓国に勝った。IOCは各大陸を回り持ちしようなんことは毛頭考えていませんから。東京はこの間もなかなか立派なプレゼンテーションをやったし、皆さん心配する必要はない」と。
まして、オリンピックなんていうのは相当こちらがタフにならなかったら、そういう裏も表もあるゲーム、政治の世界というのは裏の裏は表じゃない、もっと裏で何だかわけがわからないわけ。そういう世界が結局オリンピックの招致ゲームの中に持ち込まれてあるということを皆さん知っていただきたい。私、この間本当に苦い思いをしたんだから。スポーツに関係ない人間がいるんですよ。そんな人間が一体何の競技で、何の利益で、どこの国に1票入れるかといったら、皆さん想像に難くないでしょ。
そういう非常にスネーキーな難しい構造をオリンピックの招致運動というのは持っているということ。だから、日本人が本気になってやらなきゃだめだし、東京の終戦直後に起こったオリンピックも一回招致に失敗して、2度目に成功しているんですよ。今度もできたら二度目の正直になりたいんだ。あのときだって政府は本気になって、池田内閣だけれども、池田さんはすぐがんで死んだけれども、池田内閣の時に自分の後継者で争った、兄弟分だった佐藤栄作を担当大臣にしているんです。だから、内閣も動いたし宮内庁も動いた。みんな動いた。
とにかく本気になってオリンピックをやる政府を皆さんつくってくださいよ。そういう総理大臣を出してくださいよ。じゃないと、よっぽど頑張ったって、逆立ちしたってなかなか大変だと思うね。嫌な話を最初にしました。これで終わり、私は。
○松岡(コーディネーター)
コーディネーターの僕としては、いきなりすごい話がやってまいりましたから、どうしようかなと思いました。僕も大阪の招致も含めていろいろな状況を見ていますから、うなずくことはたくさんあります。でも、お話を聞いていて、あそこで16年で破れて、2020年、もう一度立候補して、この東京にオリンピックを持ってこようと言われたのは石原さんでもあります。そして、本気だからこそこういう思いで言葉が出てくると僕は思いますので、その本気さをいい形で伝えていければと思います。
皆さん、歴史とか深い話、そういうことだけではないので、まずは明るい話として、大竹さんは元なでしこですよ。(拍手)今回ワールドカップも含めオリンピックを決めました。本当におめでとうございました。(拍手)
○大竹(コメンテーター)
ありがとうございます。
○松岡(コーディネーター)
実際どうでしたか。
○大竹(コメンテーター)
なでしこジャパンにとって、ワールドカップを制して、日本の国民の皆様の期待も大きかったのですけれども、ワールドカップとは別にオリンピックの出場権をとるというのはものすごいプレッシャーなんです。本大会では失敗を恐れずにチャレンジャーとして挑みました。それは失うものがないからです。ただ、オリンピックというのは、私たち女子サッカー界にとって出るか出ないかで天国と地獄と言っていいほどものすごく大きなものなんですね。選手たちはもしオリンピック出場を逃してしまったら失うものが大きすぎます。それは女子サッカーを背負っているからこその思いなんです。なので、選手たちは今回は国民の皆様の期待とは別に、出場権を獲得するという大きなプレッシャーに打ち勝って、本当にすばらしい結果を出してくれたので、私も本当にうれしい気持ちでいっぱいです。
○松岡(コーディネーター)
それだけのプレッシャーのある中でオリンピックの出場権を得たわけですが、今、世界大会でいいますと、世界陸上というのがありました。本当に盛り上がりました。メダルは1つでしたけれども、為末さんも行かれていらっしゃいました。どうでしょうか。
○為末(コメンテーター)
今回、僕は出場を目指していたんですけれども、予選会で破れてしまったので、伝える側として、メディアとして行ったんですけれども、韓国も本気で世界陸上を使って韓国を売りに行くんだという姿勢がすごくて。テグというのはサムスンが発祥した場所なんですね。あらゆるところに技術を送ってやって、それをメディアの側として我々触れるんですけれども、うまく世界陸上を使って技術の見本市みたいな感じにしてあるんですね。そういうものなども含めて、国を挙げて世界イベントを行っていたという印象がすごく強かったです。世界陸上は我々にとってはオリンピックと並ぶようなイベントなんですけれども、オリンピックというのは特別なんですね。僕は世界陸上で2回メダルをとっていますけれども、オリンピックのメダルというのはすごく貴重なもので、4年に一回というのもあるんですけれども、選手にとってはすごい特別な場所なんですね。
個人的には日本でオリンピックを僕が生きている間にいつか見たいなというのはすごく思いまして。というのは、ああいう大会に出ると地元の人たちと触れるんですね。僕は今でも覚えていますけれども、アテネのときに、迷った僕をバス停まで連れていってくれた人の話をいつもするんですけれども、僕はアテネのPRをしちゃうわけですね。ギリシャというのはこういう国で、やさしい人がいてという話をするんですけれども、もし日本でオリンピックが行われたら、そんなふうに世界中の人間が日本人に触れて、日本のPRをその後一生かけてやってくれる、そういうイベントになりうると思うんですよね。
世界陸上でもそうなんですけれども、オリンピックはもっとそれが大きな力を持ってできるので。世界レベルのスポーツのイベントが持つ力というのを、今回、メディアの側としても感じたので、ぜひ日本でそういうものをやってほしいなというのをすごく今感じています。
○松岡(コーディネーター)
今、世界陸上の話が出ましたけれども、スポーツを通して国をどれだけ伝えていくかと、そういうところもあると思うんですね。
○為末(コメンテーター)
そうですね、スポーツは文化の一つなので、スポーツを通じて、もちろんスポーツ自体がものすごくメッセージ性が強いと思うんですけれども、それにさらにその国独自の良さをいろんな国が出そうとして、その努力というのは、何ていうんでしょう、温かいものとかいうものは選手もすごく記憶に残っていますし、それはスポーツが持つ強さの一つではないかなと思います。
○松岡(コーディネーター)
ありがとうございます。
佐藤さんはパラリンピックに出場されていますけれども、テニスの国枝さんという方が、今回全米オープンでも優勝しまして、正直言って日本のアスリートの中では1番だと思います。ナダルとかフェデラーという世界選手がいますが、それ以上の成績をテニスで出されていて。このパラリンピックを含めて皆さんに障害者のスポーツというのが認知されてきているような気がしますが、どうでしょう。
○佐藤(コメンテーター)
パラリンピックの佐藤真海と申します。アテネと北京に陸上競技の走り幅跳びで2回出場しております。今回、2020年の招致にあたって、東京オリンピック・パラリンピックと、パラリンピックも名前が並ぶこと、前回は2016年の招致活動の途中でパラリンピックが並列で並ぶようになったのですけれども、今回は最初からこういうふうになったということが、前回のレガシーだと私は思っておりまして、うれしく思います。
まずパラリンピックについてなんですけれども、私は、もともと障害者ではなく、19歳、大学生のときに骨肉腫という骨のがんで、右足の膝から下を失って義足になっております。もちろん、そこまでして生きる価値があるのかなと思い悩んだこともあるのも事実です。しかし、その中でスポーツというものが本当に生きる力になって、その中でパラリンピックという存在が本当にまぶしかったです。それが夢となり希望となり、それがスポーツ以外の自分の生活においても、人生においても、前向きに進んでいく自信になりました。最初のアテネはビギナーズラックという感じでとんとん拍子で出場したんですけれども、世界各国で障害というものを感じさせない、スポーツの頂点としてのプレーを間近で見て、ぜひ日本でもパラリンピックをスポーツの一つとして普及していってほしいなという思いを持ちました。
あと、私、宮城県の気仙沼市の出身なんですね。皆さんもお考えのように震災とスポーツに関しては、今、欠かせない話題となっているかと思います。「どう思いますか」と聞かれると、スポーツで何ができるかということを一言で語るのは正直難しい部分があります。今スポーツどころじゃない人、もちろん2020年、9年後のことを考えられない人ももしかしたら多くいると思います。その中でも、乗り越えていくスピードは違うにしても、私たちの経験としてスポーツは本当に生きる力になるということは自信を持ってお伝えすることができます。
この招致という、東京を挙げて、国を挙げての活動の中で、スポーツを軸に社会に何をしていけるのかというところをビジョンとして、今回の活動につなげていってほしいし、アスリートたちも今回は受け身ではなく、主体的に取り組んでいくべきだと考えております。
○松岡(コーディネーター)
ありがとうございます。
僕も本を読ませてもらいましたけれども、佐藤さん熱い方ですね。すごい思いが、熱さに負けたような状況でございます。今回、石原都知事も言われていらっしゃいますけれども、このオリンピックに関しては、パラリンピックに関しても、復興の目標というものも掲げていらっしゃいます。スポーツと復興、またオリンピック、都知事、どのように考えていらっしゃいますか。
○石原知事
大事なことは日本の復興、復興するでしょう。それを表象するオリンピックをやるのも結構でしょう。宮城県のしっかりした知事なんかはぜひやってくれと言っていますけれども、その前にちゃんとしたチームをつくらないと。なでしこジャパンじゃないけれども、いいキャプテンがいて、いい監督がいて、いいチームワークがあって、それから、その他サポートがいるわけだ。
この3人のトップアスリートが言うスポーツのすばらしさというのは、聞かなくたって、私だってずっと二流のスポーツ選手だったんだ、今でもいろんなことをやっています。だけど、そんなことの前にやっぱりおもしろい、すばらしい、感動を与えるドラマを東京で演じるためには、招致運動という非常に隠微なゲームのからくりを知ってやらないと、オリンピック招致委員会を含めて、それを支える日本の体育協会がもうちょっと力を出さなきゃだめ。
いろんな協会があるけれども、柔道の選手だってこのごろIOCの理事に入れなくなっちゃったんだ、日本のお家芸の。とにかく日本人はものを動かす組織の中に入っていかない、いけない。なぜなのかね。やっぱり体育協会を含めてJOCが。この後、森喜朗君が来るんですよ、私の昔の友人の。彼はこの間やめて、今、新しい人が体協の会長になっている。彼も同じ心配をしている、ちょっと日本人甘いんじゃないかなと。
これから森君と話をするんだけれども、相当組織を変えない限り戦いにならない。いくらこういう連中が頑張ってくれて、熱い思いで行きたい、やりたい、みんなにドラマを見せたいと思っても、そのドラマは結局場所として東京が獲得、日本が獲得というのが今の体たらくだ。
だから、皆さんね、これから体育協会とかJOCがどういう動きをするか、どういうコメントをするか見ててください。国民がそういうものに対して関心を持って、一体何なんだというクレームをつけなかったら。国会があの体たらくだからしょうがないかもしれないけれども、せめてスポーツの世界だけでもシャンとしてもらいたいんだ。私は、皆さんにとって場違いというか、とんでもないことを話しているかもしれないけれども、要はそこなんですよ。チームをちゃんとつくらなかったら絶対勝てない。
○松岡(コーディネーター)
個人的にも、その組織委員会も含め招致で、本気でオリンピックを東京に持ってくる、パラリンピックを東京に持ってくるんだったら、どういうふうにしなければいけないか、そういう議論を深くやりたいところでございますが、きょうは時間のことも含めまして、また、アスリートの皆さんが、ちょっとそれは強烈すぎるところもあると思います。まだ招致委員会というものが実際に何をするかというしっかりした計画も出ていない。石原都知事も言われました、JOCの皆さんがどのぐらいの本気で、どういう招致の仕方をするか、そこがすべてだと思います。
今回は、復興にあたりまして、スポーツの力、東京都が一応出しております。復興を目標にしていくという。これは一つの力になると思います。そのことについて、特に佐藤さんは気仙沼で、本に書いたのは気仙沼の土地の豊さとか、景色の良さとかいうことを書かれていました。その場所が本当に変わってしまった。そして、今、スポーツがどういう力として気仙沼に与えていくのか、そこらのお話をお願いいたします。
○佐藤(コメンテーター)
私は宮城県気仙沼市で中学校まで育ち、海と山に囲まれて、すごく好きな場所だったんですけれども、我が家も含めて津波に飲まれました。幸い家族は無事だったのでよかったんですけれども、そのときにスポーツの出番は今じゃないなと、震災から1カ月ぐらいは心からそう思ってしまった自分もいました。その中で、前向きになっていくためには目標が必要で、特に子どもたちには強い目標なり夢を持ってほしいんですね。
そのためにスポーツを活用したいんですけれども、私が実際に何回か行って感じたことは、スポーツする場所がまだ確保できていない。福島の場合は外で運動ができないし、東北の中の岩手、宮城は特に津波で、海岸沿いではもちろん生活もスポーツもできないし、学校の校庭も仮設住宅でいっぱいなんですね。体育館にもまだ数百人という避難者がいてというような状況です。
なので、震災復興を掲げるからには、誰もがスポーツをする権利、今年スポーツ基本法が制定されましたけれども、招致と一緒にスポーツ立国を目指すのであれば、最低限みんながスポーツできる環境づくりというのを併せて発信してやっていかなければいけないのではないかなと思います。
○松岡(コーディネーター)
特に被災地に行って子どもたちの環境を見ていると、よりそういう思いになると思います。
大竹さん、どうでしょう、なでしこが勝って相当な力が被災地に届いたと思いますが。
○大竹(コメンテーター)
私は実際に被災地のほうに足を運べていないんですけれども、今、東京国際大学の女子のサッカー部の監督をやっています。福島に富岡高校というのがあるんでけれども、富岡高校は全滅ぐらいの勢いで、女子サッカーをできる環境ではありませんでした。高校に入学するという選手も半分ぐらいは入学をやめてという状況で、女子サッカー部の存続も危ういという状況の中でも、サッカーが好き、サッカーがやりたいという思いで山梨県のほうに移動して、みんなでそこで頑張ってサッカーをやるという、そういう熱い思いを持って女子サッカーをやっているんですね。
選手たちと会って話をすると、純粋にサッカーが好きで、苦しい、つらい、例えば友人もどうなるかわからなくなってしまったという状況の中でも、支えてくれるものというのが彼女たちにとってはサッカーだったんですね。そういったものは生きる力に変わりますし、頑張ること、継続してやり続けること、そういう部分でサッカーが彼女たちの忍耐力、あとは、苦しくなったときに踏ん張る力というのを、サッカーを通して学んでいるからこそ、どんなに苦しくてもサッカーが好き、サッカーがやりたいという思いにつながっていると思うんですよね。
もしオリンピックが東京で、日本で行われるとなった場合、子どもたちにとってオリンピックというのがすごく身近になると思います。私はサッカーでずっと生きてきたんですけれども、サッカーやスポーツから一つのことに向かって頑張ること、努力すること、苦しくても歯を食いしばって壁を乗り越えること、そして、みんなに一つの目標に向かって努力する楽しさ、勝利した時の喜び、そういったものをサッカー、スポーツで学んできました。子どもたちにもそういう思いを身近に感じてほしいですし、途中で投げ出さないということをスポーツをもって体で覚えていってほしいんですね。オリンピックという夢の祭典がもし東京で日本で行われたら、プラスのことだけを考えれば、日本にとって本当に明るい未来につながっていくと思いますので、そういった部分を含めて、ぜひオリンピックを開催できたらいいなと思いますね。
○松岡(コーディネーター)
本当にそう思うんですよ。思うからこそ石原都知事も勝つためにはどうやってという思いが、今のお話を聞くと、先ほどのお話と重なってくるというところがあると思うんですが、為末さんの場合には実際いろんな活動もされています。そして、復興、またオリンピック、パラリンピックの力というものを一番感じていらっしゃると思うんですが、どうでしょう。
○為末(コメンテーター)
都知事が言われたのは当たっているところがありまして、震災後に選手たちか集まって、何かスポーツでできることがあるのではないかというのを考えたんですね。選手たち、我々仲間うちのメンバーで集まって義援金を集めるという活動をしました。インターネットで集めて5,000万ぐらい集めて被災地に贈ったということがあったんですけれども、そのときも我々選手だけでやってしまったので小さかったんですね、はっきり言って。コミュニティが小さくて全部の選手に行き渡るのにすごく時間がかかったんですね。あのとき、JOCでも日体協でも構わないんですけれども、一言言ってくれたら。見ておわかりのとおりアスリートってすごくピュアな存在で、何か社会に役に立ちたいと思う選手は今すごく多いんですね。そのときに、こっちの方向だと導いてくれる方がいないと、現役の選手たちは競技をやることで精いっぱいなので、この方向だと矢印を示してくれると一気に動くと思うんです。
前回の東京五輪の招致の時も、私はいろんな選手にその後話を聞きました。実は2日前にアスリートだけで集まって招致を考える会みたいなものを行ったんです。佐藤さんにも来ていただいて、全部で30人ぐらいだったんですけれども。そこでいろいろ話したときに、東京五輪を前回もやりたかったという選手がいっぱいいたんですけれども、どこでどういうふうに参加したら自分が役に立てるかわからなかったという意見がすごく多かったんですね。それもあって今回は何か話がくるのではなくて、選手が自分たちでまとまって活動して、こういう活動を広げていこうという話になったんですね。
そんなふうに、スポーツ界というふうに皆さんくくられるんですけれども、実は協会とかが縦割りで、一緒にやるともっと大きなムーブメントになるのに、おれはちょっとあいつとは組めないなみたいな話がいっぱいあるんですよね。小さなことはあっていいと思うんですけれども、総論というか、みんなの思いとして、オリンピックをきてほしくないと思っているアスリートもスポーツ関係者も一人もいないので、そんな小さな話はとりあえず置いといて、協力態勢をつくるというのはすごく大事なことだと思うんです。これは多分我々スポーツ界の側の責任で、スポーツ界がまず一つにならないと、外から見てもバラバラしているものに市民の方も応援してもらえないですし、チームジャパンという形で日本のスポーツ界が一つになる力というのはすごく大きいと思うんですね。
でも、今、選手たちはものすごくそういう思いも強くて、IOCにいって、いろんなロールモデルが少し出てきていますし、自分は国際政治のほうにいって日本のスポーツを支えるんだというのを目標にしている選手もいますし、20年30年たてばそういう選手がたくさん出てくると思うんですけれども、もうちょっと勢いをつけるためには、我々の上部にあるJOC、日本体協さんというのが、世界に出ていけとか、そういうものを後押ししてくれるといいのかなというのはすごく感じています。
○石原知事
あなた本当にいいことを言うよ、東京の責任じゃないんだよ、オリンピックがこないのは。君らの責任なんだ。スポーツ界の責任なんだよ。(拍手)
○松岡(コーディネーター)
いや、本当です。今、大分核心に入ってきたので、入っていきたいと思うんです。前回の2016年の東京招致、また内容を含めて誰が考えているんだと。ほとんどの人が都知事だと思っているんですね。
○石原知事
それは大迷惑なの。何でもかんでも乳母日傘で、今度も何か組織をつくったというんだ。「そうなりました」と。「ああ、そうですか」と言ったら、これから会うんだけれども、森喜朗元総理と、前のJOCの会長の堤義明さんから電話がきて、「石原さん、あれで本当にいいの」というから、「あれでいいも何もおれは知らない。人事のことなんて、誰がどんなやつだか、名前も覚えてない」と。「こういうことになりました」というから、「おれが良し悪しを決めるものじゃない、あなた方元老が新しい組織をつくる時に口聞いたらどうなんだ」と。「いや、僕には相談なかった。石原さんのところへ持っていったらオーケーされしまた」と。
○松岡(コーディネーター)
ある意味、これは愛情のある言葉として僕らも受けておりますが……。
○石原知事
愛情あるかどうか、うんざりしているんだよ、おれは本当にもう(笑)。
○松岡(コーディネーター)
うんざりですね。でも、ここの会場にいらっしゃる方は今、都知事のお話を聞かれたので、「ああ、そうだったのか」と思っているかもしれませんが、今、日本の皆さんほとんどの方が都知事がオリンピックをしたいんだと、そういうふうとらえる方が、記事の見方だととられてしまう。
○石原知事
僕はしたいよ。みんなと一緒にしたいけどさ、東京は両輪の一つでしかなくね。お金とか場所は用意しますけれども。
○松岡(コーディネーター)
もうちょっとちゃんと説明をして、ポイントをとって、絶対必要な部分ではありますので、お願いしたいとは思うんですが。でも、今後向かっていく中で、お話を聞いていると、石原都知事は嫌なことも含めて全部そこは引き受けると、そういう意味でのリーダーシップを持っていらっしゃる方だなと思います。だからこそ、このオリンピック・パラリンピックを持ってくるためには、石原都知事を含め誰がリーダーにならなければいけないのかというところはどう思っていらっしゃいますか。
○石原知事
それは政府を巻き込む。「石原さん、お願いします」と言われて僕は随分やったよ、安倍君の時に。だけど、本当は体協の森君とか堤義明とか、そういう体育界の大ボスたちが動いて。まして森君なんか総理なんだから。違う政権ができているにしても、これから政府をインボルグして本気で総力戦の形をつくっていくのは体協に関係のある。この間も体協の記念式典に政治家がいっぱい来てたよ。
○松岡(コーディネーター)
それを動かす方法として、もちろん為末さんを含めてアスリートがいろんな形で動けると思うんですけれども、その具体論というんですかね。
○石原知事
それを彼に聞いてもかわいそうだと思うよ。
○為末(コメンテーター)
言えないことも……(笑)。
○松岡(コーディネーター)
言えないこともたくさんあると思うんです。でも、為末さんはいろんなことを勉強されていて、ストレートに言われることもたくさんありまして、参考になることがあると思うんですよね。実際に為末さんどう思っていらっしゃるのかなと。
○為末(コメンテーター)
正直言いまして、我々選手の側でもし問題があるとしたら、ロールモデルというのが一つしかなくて、コーチになって先生になるというルートしかないんですね。日本のスポーツ界はここにものすごく人材が流れていって、僕はIOCにいって今度は世界のほうから支えるんだとか、違う世界からスポーツを支えるんだという、ほかのロールモデルがポイントないんです。金メダリストを調べたことがあるんですが、97%か98%が指導者になられているんですよ。これはこれでいいんですけれども、ほかの国を見ると、ある程度自分なりに、僕は今度はスポーツを使った国際政治にいくんだとか、もっと違うロールモデルがあって起業家になったりとか、とにかくいろんな角度でスポーツを支えていくというものがあるんですけれども、日本の場合はちょっとそれがなくて。
だから、アスリートにこれから必要なのは、もうちょっと多様な、世界に出ていってそこからスポーツ界を支えるということと、もう一つ感じているのは、まずスポーツ界が一つにならないと。総論は同じなんだけれども、各論でけんかしちゃうんですね、こんな小さなことが気に食わないとかでなるんですけれども、そうではなくて、もっと大きな、オリンピックを呼ぶというのはスポーツ界の夢もあると思います。もっとほかにもあると思うんですけれども、スポーツ界がまず一つになる。そうしないと、スポーツ界側からの説得力というのもないと思うんです。それに、もしかしたらリーダーシップが必要なのかもしれないですけれども、今感じているのはその2つがすごく感じていることです。
○松岡(コーディネーター)
ありがとうございます。
○石原知事
だから、言うことを言わなきゃだめなんですよ。私はちょっと言いすぎて顰蹙買っているところもあるけれども(笑)。スポーツがいいのはわかりきっているの、誰でも。すばらしいことなの、人生にとってもスポーツは大事でね。よく「健全な精神は健全な肉体に宿る」というけれども、スポーツがそうなんですよ。ところが、年取ってくると、かつてスポーツで培われた健全な精神が衰えてきた肉体を支えてくれるの。そういう人生を通じてのスポーツの効果というのはあるんですよ。私だって2年前に腱鞘炎になって、今でも足におもしをつけているの、三浦雄一郎のまねだよ。あれは2キロつけて、私は1キロだけれども、あれは80になったらエベレストに登るつもりでいるんでしょ。そういうことはいいことだ、そういう人生の目的を持つということは。それを国全体で支えていかないとね。
文京区か何かに研修センターができましたね、
○為末(コメンテーター)
はい、ナショナルトレーニングセンターというのがあります。
○石原知事
ああいうものが日本にもう1つか2つ、関西とか九州につくってやらないとだめだと思いますよ。
それから、みんなもそれぞれ自分の人生を抱えているんだけれども、死ぬまでスポーツをやったらいい。私は最近、インターハイ・サッカー・オールドボーイ・クラブに入ったんだ、あるところで情報をとって。65歳以上は入れてくれるんだ。私は今79ですけれども、1年前に入りましてね。そしたら、私の大学時代に1年上で東大であった、あの人は名選手です、メキシコオリンピックのときにキャプテンでいった岡野君も、「私も最近入ったんですよ」と。「どう?」といったら、「最初の試合に出たら、ボールが飛んできて、顔にきたからとっちゃった」と言うんだ(笑)。かつての名選手が最初に笛吹いたら、ハンドしちゃった、ボールで。それでもいいんだよ、やったほうが。
そういうふうに人生を通じてスポーツというのは絶対必要で、これを経験する人間としない人間では、人生の寿命も違うし充実感も違う。だけど、それを担保するというか、保証し育てていく、そういう姿勢が国にないでしょう。東京は先んじてスポーツ担当局というのをつくったんですよ。
まあ、言いたいことはいっぱいあるけれども、体育界頑張れだよ、体育界の問題なんだよ、本当に。
○松岡(コーディネーター)
でも、オリンピック選手だけではなくて、スポーツをするということは、心を豊にするということが含まれていると思うんですね。こういう話はここでいいのかなと思うんですが、僕が一番残念だったのは、前回、IOCの中で東京は開催国として内容は一番いいと言われていたわけです。にもかかわらず支持率が55.5%だったわけですね。考えられなかったです、僕の中では。リオの場合84.5、ほかも大体80%ぐらいいっているわけです。でも、来てほしくないとは思ってないだろうなと。実際どうしてこれだけ支持率が低いのか。幾らいい政策をつくっても支持率が同じように低ければ、100%オリンピックはこないんですよ。支持率はどうやったら上がっていくのか。
これはちょっと難しいところだと思うんですけれども、何か感じるところはありますか。大竹さん。
○石原知事
あれ、途中で少し上がってきたんだけどね。でも、75%ぐらいだったね。
○大竹(コメンテーター)
私も日本人なんですけれども、日本の国民性が、自分の意見を言わないとか、そういう国民性もあると思うんですね。例えばここで「全員拍手してください」と言ったときに、自分がしなくても周りがしてくれるからいいやって思ってしまうのが日本人。でも、ヨーロッパもアメリカも含めて、それはみんな自分が責任を持ってする。そこの国民性の違いというのもあると思うんですよね。
私も、今いろいろお話を伺っている中で、みんなが本気でオリンピックを招致して、日本を元気にしよう、盛り上げようと、どうやったら本気になれるんだろうというのを考えていたんですけれども、例えばスポーツ界でいろいろな競技があります。こういうことを言っていいかどうかわからないんですけれども、確かにあのスポーツはいいなとが、そのスポーツは認めないよというのが実際あったりするんですね。でも、そういう小さなことはなくして、まずはオリンピックを日本でやる、東京でオリンピックをやるというところに焦点を合わせて、小さいことはまた後から解決していけばいいというぐらい、日本の皆さんが本気で一つになってまとまろうとならないとやっぱり厳しいと思うんです。
私は女子サッカーで、ずっと日の目を浴びない女子サッカーというのは、日本で「えっ、女子サッカーあるの」という時代からずっときているんですけれども、今回何で日本の皆様がこんなに応援してくれたか。こういう時代で苦しいことばかりで、だけど女子サッカーを見てみんなが勇気をもらって、チームが一つになって諦めない姿勢を、自分たちの生活にも生かそうと思ってくれたからこそ、支持を得たと思っているんですね。
被災地の方たちは、私が苦しいというのは失礼なんですけれども、食事もまだ被災されたときと変わらない人たちもたくさんいますよね。その中でも、女子サッカーを見ている時は忘れられるという声を聞いたりしたんですね。なので、皆さんがなでしこを見て楽しい明るい気持ちになったと、オリンピックが日本で開催されたら楽しい生活が戻ってくるということを一人ひとりが感じてもらえたら、一つにまとまれるのではないかなと思うんですね。
そして、私たちができるとしたら、スポーツで返していくこと、スポーツで表現することしかできないんですけれども、大それたことはできませんけれども、選手たちは日々精進して、一生懸命努力をして結果を求めるということを頑張っているので、そこをぜひ協力していただけたらなと思います。
○松岡(コーディネーター)
特にパラリンピックということに関して言うと、昔はほとんど認知されていなかった。今は絶対なくてはならないもの、大きくなっていったわけですよね。そういう意味では、何かの活動が大きくなったと思うんですよ、みんなに認知されていった。特に今回東京に招致してもらう、賛成してもらう、何が必要になってくると思いますか。
○佐藤(コメンテーター)
そうですね、パラリンピックも招致にとって不可欠なんですけれども、パラリンピックを招致するということは、世界中から例えば車いすの選手がきたり、目が見えない人がきたりという、障害を持った人がたくさんくるわけですね。ということにおいて、東京都のバリアをなくさなければいけないんですね。
日本も東京も超高齢化社会ですから、本当に人ごとではなく、みんなにとってすごしやすいまちづくりにするために、パラリンピックがくるイコール、バリアフリーになるということはつながっていくと思うんですね。そういうメリットはひとつ知ってほしいなというところです。世界中で日本ほど車いすの人が町中を歩いていない国もないと思うんですね。というのは、出ていけない環境があるからだと思っています。
○松岡(コーディネーター)
オリンピックがくることによってその文化を伝えられる。僕も、オリンピックに3回出場して、その後、オリンピックがくることによって国がどう変わっていくかということを取材していたので、東京にきたら何が変わるのかと、すごいことが起こるのを感じているんです。でも、それを伝えると僕はコーディネーターではなくなってしまいますから、僕の思いをお願いいたします。
○為末(コメンテーター)
おっしゃるように都市デザインみたいなものとオリンピックというのはすごく近いと思うんですね。パラリンピックを円滑にやるということでいろいろ変わっていく都市デザインもあると思いますし。今の形のオリンピックというのは本当に巨大化してしまっていて、どんどん二進も三進も行かない方向に向かったりしていると思うんです。私のたった3回の経験でもどんどん巨大化しているのを感じているので、コンパクトで負担がかからないような五輪にしていかないと、オリンピック自体が、進めていくのが難しい状態になるような気がするんです。なので、前回のコンセプトもそうですし、新しい次の継続可能な都市のデザインみたいなものを、オリンピックの中に組み込むというのは賛同を得やすいと思うんですね。
あとは、選手たちができることというのは実はすごく大きいのではないかなと思っていて、東京五輪以降の、例えば金メダリストがずらっと並んでみんなで「ひとつお願いします」というだけで全然支持率は違ったのではないかなと思うんです。それはスポーツ界側が一つになっていると簡単にできたことなのですけれども、それも最後までうまくできなかったり。だから、僕らにできることは一生懸命やるんですけれども、チームですよね、スポーツ界ができることプラス、政治ができること、もしくは市民の側からできること、いろいろあると思うんです。
いずれにしても、日本でオリンピックをやるぞということでみんなの気持ちが一つになると全然不可能じゃないし、もっと何かすごいことができるのではないかなというのは、前回のを見ていて感じていますし、スポーツ界も今回は前回みたいな思いをしないようにアスリートたちも動けたらいいなというのは感じています。
○松岡(コーディネーター)
次回の招致に関しては、よりアスリートが中心となってオリンピック・パラリンピック招致活動を行っていくと思うんですが、都知事、その支持率というのはどのようにとらえていらっしゃったんですか。
○石原知事
でも、あまりそれを気にすることはないんですよね。もうちょっときちっとしたバックグラウンドをつくらないと、支持率だって。今、為末さんがいいこと言ったけれども、戦後のオリンピックのメダリストが全部集まってやろうといったら随分違うと思うんだね。そういうこととは東京がやるんじゃないんだよ、JOCがやることなんだ。
僕がオリンピックをやると言ったのは、9月何日かにタイムリミットがあって、やるかやらないかと、それはやるんだと、せっかく灯した松明だから、火を消しちゃいかんということだけやったの、あとはおまえらがちゃんと背負って走れと言ってあるんですよ、JOCに。皆さんも言ってくださいよ、体協、JOC、もっとしっかりしろって。本当に情けないよ、他力本願で。スポーツなんて自力本願でしょ、自分で頑張らないとどうにもならない。それの代表の集まりが、組織が動かない、やることはやったけれども、それでは総力戦にならないね。東京のイベントになっちゃう。オリンピックをやったら国のイベントですよ、どの国でもね。
○松岡(コーディネーター)
どうしても東京が主体とか、東京が変わるためというイメージがあるんですが、どの国へいっても、オリンピックをやっているところの都市は、その国をどれだけアピールできるかというところにかかっていると思うんですね。アスリートの皆さんがパラリンピック、そしてオリンピックをどんな形で開催してほしい、こういうオリンピック・パラリンピックであるべきだなと、出場しているからこそ思っていると思うんですね。
大竹さん、どうでしょうか。
○大竹(コメンテーター)
選手の立場からすると、東京で日本でオリンピックが行われるということは、選手にとってまず時差がない、試合以外、ピッチ以外での生活環境が全然違うんですね。ストレスのかかり方が違いますので、日本で東京でオリンピックが開催されるということは選手にとってすごく大きなことですし、また、サポーターの方、ファンの方たちが直接足を運んで見に来てくれるというのはどれだけ心強いかというのが選手の立場の意見です。
東京で集中開催というよりも、私は個人的には各地でオリンピックが開催されるほうがスポーツ自体をアピールできると思っていますので、そちらのほうが私としてはいいなと思うんですけれども、選手の立場からすると、例えば東京などの一点の集中開催ですと、移動距離がさほどありませんので、選手の負担を考えると、移動しないという部分と、いろんな競技が一緒になれるという部分で意見交換もできますし、お互い刺激をもらえる、渡しあえるというところが、一点集中開催のいいところかなと思うんです。どちらにしても、とにかく日本でできるということが選手たちにとってはすごく大きな意味もありますし、メリットででありますね。
○松岡(コーディネーター)
パラリンピックが日本にくるとどんな影響、また、どういう思いになるんでしょうか。
○佐藤(コメンテーター)
そうですね、もちろんアスリートは自分たちがベストを尽くす、それだけだと思います。それから、例えば勇気を与えるとかではなくて、そこから何か子どもたちとか、震災の被災地とか、そこから力をもらう人がいれば、それはすごくいいことだと思います。でも、それが必ずしも目的ではないとは思っています。もちろんスポーツ界の自立も大切だと思うんですけれども、せっかくみんなでこういうふうに議論する場があるので、都民の声、国民の声というのを入れながら、どういうプラン、東京がどんな五輪をして、日本から何を世界に発信したいのか。
今回皆さんが申込をされるときに意見・提案を書かれたと思うんですけれども、ちょっとお願いして全部見せてもらいました。例えば、日本の技術ですとか、ホスピタリティ、勤勉さ、逆境から乗り越えていく姿勢というのは世界に誇れるものだと思うんですね。それをみんなでつくり上げて参加型にすることによって、人ごとではなくなっていくのかなと私は感じました。
○松岡(コーディネーター)
皆さんのご意見、僕もしっかり見せていただきました。ありがとうございます。その思いも参考にさせていただきながら招致運動をしていくと思うんですけれども、為末さんの場合には、オリンピックも、そしてスポーツの代表という意味でも、オリンピックが日本にきたときにはこうすべきなんだと。いろんな思いがあると思いますが。
○為末(コメンテーター)
一つは、スポーツが生活に根づくとどんなことが起きるのかというと、コミュニティができて、みんな休日になると1カ所に集まる場所ができて、グランドとか何でもいいと思うんですけれども、そこに来て年齢関係なくみんなでスポーツを楽しむような新しいコミュニティができること。それから、スポーツを皆さんがやられるということは、医療費削減にもつながると思うんですね。日本は世界でもすごく医療費の負担が高い国にこれからなっていくと思うので、そういう点で、スポーツが広まることによって社会の負担が減るというのは一つあると思います。
オリンピックが国にくるというのは、そんなものもあるんですけれども、もっと壮大な、希望とかというとちょっと陳腐になっちゃうかもしれないんですけれども、生きる力とか、懸命に何かをしている人から受けるエネルギーというのはものすごく大きいと思うんですね。そういうものを我々が共有することはとても大きなことで、かつ、世界に対して日本というのを、日本人はPR下手だと思うんですが、それが世界中の人を一気に呼び込めるすごく大きなチャンスだと思うので、この機会に日本の本当の姿というか魅力をちゃんと伝えて。
そうすると、オリンピックを経験した人は生涯語るんですよね。メキシコオリンピックに行ったという方にアメリカで会ったら、ずっとメキシコオリンピックのことを語っているんですね。そんなふうに今後50年100年、日本の東京オリンピックのこと、日本で行われたオリンピックのことを語り続けてくれるような日本のファンをふやすということが、東京でオリンピックを行うことで世界に対しての一番の日本のメリットなのではないかなと思います。そのためには日本のスポーツが豊かになっていくことが大事だと思うんですけれども、世界に対して日本というものの魅力を伝える大きなチャンスになるのではないかなと思っています。
○松岡(コーディネーター)
もちろん経済、政治いろいろあると思うんですが、スポーツで日本の良さとか思いとか、文化というものを伝える、これが一番速いということがオリンピックを見ていると感じるんですね。
○為末(コメンテーター)
そうですね。あと、案外、選手が覚えているのはボランティアの方なんですね。ボランティアの方がこんなことをやってくれたとか、いわゆるホスピタリティをすごく覚えているんですね。日本で今オリンピックをやったらものすごく世界に響くと思うんですね、日本人のホスピタリティというのは。こういう人と人との触れあいみたいなものの思い出をずっと感じながら選手も生きていって、各国でアスリートというのは影響力がありますから。そんなことを考えても、日本で行う意味というのはあるのではないかなと思います。
○松岡(コーディネーター)
特に世界が注目したのは復興の時の皆さんの思いやりとか。僕もオリンピックにいっていて不思議なのは、北京に行くとアメリカとかヨーロッパでも北京の文化を伝えてくれるんですよね。別にスポーツだけを伝えているわけではなくて、オリンピックの開催地の文化とか人の考え方とか、そういうことを伝えてくれる。一番自分たちの思いを伝えられる場所がオリンピックなのかなという気がするんですね。
時間も大分迫ってまいりました。きょうたくさんアンケートをいただいたのですが、この中から挙手をしていただいて、自分の意見、思い、また質問でも大丈夫なんですが、どなたかいらっしゃいますか。
お願いいたします。
○都民(A)
大田区に住んでいます。2週間前に六十を迎えまして、8月31日で定年となりました。東京オリンピックの時に13歳だったんです。でも、東京オリンピックのことを非常に覚えておりまして、ポスターでありますとか、それぞれの選手の頑張り、あと、テレビから流れてくる映像、鮮明に覚えております。あと9年後、絶対に招致をして、その思い、私が思った思いをみんなに思ってほしいなと思います。ぜひボランティアというのをテーマに掲げて、ボランティアの方々を大勢あれして、経費のかからない、その部分で世界にアピールして、エコですばらしい大会に絶対なると信じております。
ぜひ頑張って、2020年東京オリンピック・パラリンピックを成功させましょう。マスメディアの方々もこられていると思うので、ボランティアで東京オリンピック2020年開催決定に向けてぜひ宣伝を世界に向けてやっていただきたいと思います。よろしくお願いします。
○松岡(コーディネーター)
熱い思い、ありがとうございました。
都知事、ボランティアということに関して、東京の皆さんはどのように映っていらっしゃいますか。
○石原知事
これはやってみるととてもありがたい。大盛況になった東京マラソンなんかは、募集しても、その定員を上回るぐらいの、倍ぐらいのボランティアの方々が実に綿密にサポートいただいて、マラソンをやっております。オリンピックはマラソンと違って何日かやりますけれども、それは交代交代でやればいいので、そういう点は日本人は非常にホスピタリティはあるし、すばらしいボランティアのサポートをしてくれると思いますよ。
○松岡(コーディネーター)
ありがとうございます。
時間のほうは大丈夫でしょうか。お願いいたします。
○都民(B)
貴重なお話、ありがとうございました。東京工業大学大学院の者なんでけれども、我々もぜひ一生に1回は東京オリンピックを見てみたいと。先ほど支持率の獲得のお話がございましたが、支持率の獲得に際しまして、我々も学生として大学祭などを通じて若い世代の支持率の獲得に貢献したいと思っているんですけれども、そのほかに何か我々学生ができるような支持率の獲得などございますでしょうか。
○石原知事
さあそれは難しいな。
○松岡(コーディネーター)
これは今から招致委員会を含めてみんなで考えていくことだと思うんです。実際に大学生の皆さんがどういう状況になればオリンピックにきてほしいんだという思いになってくれるんですか、一番何がポイントなんですか。
○都民(B)
今、なでしこジャパンが金メダルをとったりオリンピック出場を獲得したりということで、オリンピックに対する興味は皆さん向いている感じなんですけれども、そうですね……。
○石原知事
なでしこジャパンが世界大会で優勝してオリンピックを決めたというのは、あなたのおっしゃるようにオリンピックにとってものすごく大きなプラスになると思いますよ。
○都民(B)
ありがとうございます。そういうことで、大学祭などで広めていきたいと思います。
○松岡(コーディネーター)
ありがとうございます。
○石原知事
頼むよ。ありがとう。
○都民(B)
ありがとうございます。
○松岡(コーディネーター)
すごいね、大学でどんどん広めていったら。今、インターネットもあるわけですし、みんなに知ってもらう、しかも東京だけではなくて。そういういいアイデアがあったらどんどんいただければと思います。
○都民(B)
そうですね。中高などのつてもありますので。
○松岡(コーディネーター)
つて、あるんだ。
○都民(B)
はい。そちらのほうも広めていきたいと思います。
○松岡(コーディネーター)
よろしくお願いします。
○都民(C)
こんにちは。全国の公共スポーツ施設の実施事業を開発しています。前回の誘致の時に東京都内の体育館を僕は回りました。ポスターは貼ってありましたが、興味を持ってスポーツをしている人は本当にいませんでした。ですから、今度の招致委員会をつくるときは、予算をもらったから招致するのではなくて、本当に招致したい、カネなんかどうでもいいよ、まず招致しようよという人を集めたほうが絶対いいと思うんですね。それに対してできることがいっぱいあると僕は思いますので。
全国に5万4,000、公共スポーツ施設があります、その1施設1施設、あと、小学校は2万3,000ありますね。小・中・高、公共、学校の体育施設を入れると10万以上あります。この施設をベースにしてというプロモーションは全然なかったんです、前回は。ですから、まずスポーツを愛している人、やっている人が立ち上がらないと一般市民には通用しないと思うんですね。小学校の運動会、みんな一生懸命ビデオを買って子どもを写しますよね。ああいう息吹をオリンピックに向けられると思うんです。それはアスリートの皆さんの協力も絶対要るんですけれども、暑苦しい、暑苦しいじゃなくて、熱すぎる松岡さんの旗振りは絶対必要だと思うので。提案です。よろしくお願いします。
○松岡(コーディネーター)
今何て言いました(笑)。
○都民(C)
すごく美しく熱い……(笑)。
○松岡(コーディネーター)
僕は正直、招致して、東京オリンピック・パラリンピックのPRというのは、ポスターも含めてそれほど力にならないだろうという気がします。僕の個人的な意見としては、スポーツの豊かさとか、施設にどんどんお金も使って指導者を含めてスポーツの良さを広めていくと、自動的にオリンピックは来るべきだと、そういう方向性が出てくると思うので、PRの仕方ということも含めて今後考えていかなければいけないと思うんですが、選手はどうでしょうか。PRということだけではなくて、もっと違った形でお金を使いたいということもあると思うんですけれども。
○為末(コメンテーター)
僕らの現場レベルの話だけれども、NTCというのが赤羽にあるんです、オリンピック選手が使える。この施設はすごく大きいんです。というのは、公共の施設はオリンピアンでも一律の基準で、かつ、すごく使いにくいんですよ。世界でも例がないぐらい日本のスポーツ施設というのは使いにくくて、事前に申請しなければいけないとかいろんなことがあるんですけれども、往々にしてスポーツ大国というのはかなりオープンに開かれていて、地元に地域クラブというのがあって、誰でも気軽に参加できて、スポーツができるんですね。そういう国の人たちが思うスポーツと、面倒くさい施設でやっているなというスポーツでは、スポーツに対するイメージが全然違うと思うんですね。
そういう点では、スポーツ界でもできることがあると思うんですけれども、行政の方とスポーツが一緒に、アスリートの側の意見とか、スポーツをやられる側の意見が一緒になって、より使いやすいスポーツ施設の活用みたいなものが出ていくと、実感としてスポーツが広がるというのはいいことだとわかってもらえるような気がするので、それは是非できたらいいなと、お願いしたいなと思います。
○松岡(コーディネーター)
感じてもらうということだと思います。
佐藤さん、どうでしょう。
○佐藤(コメンテーター)
前回の2016年の招致でも少し関わらせていただいたんですけれども、そのときにオリンピック選手、パラリンピック選手のペアで学校を回ってお話をしたり、スポーツをしたりしました。そういう地道な活動を通して子どもたちにスポーツを愛してもらうということは本当に大事だと思います。9年後、2020年にその子たちが大きくなって実際にボランティアとしてオリンピック・パラリンピックに関わっていくことができるんだよということも伝えました。生で五輪に触れる機会というのはすごく貴重な経験ですし、私たち選手も現地のボランティアさんや国民のホスピタリティが心に残っています。このようにオリンピック・パラリンピック選手と触れ合い、身近に感じ、こんな大会が日本で開催したらワクワクするなって思ってもらえるよう、今後も継続して伝えていくべきだと思っております。
○松岡(コーディネーター)
ありがとうございます。
大竹さん。
○大竹(コメンテーター)
今、為末さんがおっしゃっていましたけれども、ヨーロッパのスポーツ施設はほとんどがボランティアの方たちで運営されています。ただ、赤羽にあるスポーツセンターも、例えばトイレを借りるの一つにしても、申請がないと入れませんとか、そういう区切りがはっきりしているというか、厳しいというか。そういう体制をしなくてはいけないという状況はもちろんなんですけれども、もっともっと日本の国民皆さんが競技スポーツ、生涯スポーツとして、スポーツクラブを楽しんで使えるという場、まずそういう箇所をふやしていくというのも大事ですし。
あとは、オリンピックというものが、例えば日本、東京にきた場合に、子どもたちにどういう未来を与えられるか、どういう希望を与えられるかということを、大人たちもしっかりと伝えることによって、日本の国民の皆様がスポーツで日本を元気にしようとか、もっともっと子どもたちに輝やかせた目を持たせてあげようとか、そういう思いにならないとなかなか一つにまとまらないと思いますので、そういった環境も少しずつ改善していかなくてはいけないのかなと思います。
○石原知事
大竹さんが言ったことはとても大事でね、役人というのは考え方がちょっと違うんだ、我々と。もうちょっと同じ同胞の日本人を、市民を信用したらいいと思うんですよ。日本人ほど礼節も心得ていて。このごろ大分変わったやつも出てきたけれども。
年金の問題なんか、もうちょっと日本人の自我が強かったら、党派を超えて、自分の人生の問題だから大きなストライキ、デモが起こっていると思うけれども、結局、選挙で自民党が失敗してああいうざまになったんですけどね。日本人はそういう点ではちゃんとものを守るし、ポイ捨てもするわけではない。外国よりもはるかに秩序はいい。そういう国民性というのを信用して行政が、何日も前に申し込まなかったら施設を使わせないなんてばかなことやめたほうがいい。
いいことを聞きましたので、東京は徹底してそれをやりますわ、これから。(拍手)。
○松岡(コーディネーター)
ありがとうございます。
きょうは1時間半近く、皆さんも一所懸命お聞きいただいて、ありがとうございます。時間になりました。最後に皆さんから一言ずつ、こういう機会はなかなかないと思います。2020年に東京オリンピック・パラリンピックがきてほしいと、くるべきだという熱い思いをお願いします。
為末さん。
○為末(コメンテーター)
いろいろ話ができてすごく楽しかったですし、良かったなと思います。自分の立場からできるのは、現役アスリート、それから引退したアスリートたちの間で、みんなを一つにしてムーブメントを起こすというのを、今は選手の側からできることをとにかくやっていきたいという思いでいます。僕は現役では残念ながら20年には出られないんですけれども、もし現役の間に自分の国でオリンピックがきたらと思うと、それだけで一生をかけるに十分値することなんですね、アスリートにとっては。20年に出ているアスリートは恐らく今、小学校から中学校ぐらいの子どもたちだと思います。
その子どもたちが明るいニュースをもって、あそこの年までに目指せる目標が共有できるとか、選手になれなくても、もし選手がだめだったらボランティアでオリンピックを支えるんだというふうに、みんなの一つの目標ができるということは、こんなにすばらしいことないなというのを僕は選手をやっていて思うので、ぜひ東京でオリンピック、20年に日本でオリンピックを行うのを決めて、子どもたちに夢をつくってあげることができたらいいなと思うので、ぜひ皆さんの協力と、アスリート側でできることをやっていきたいなと思います。(拍手)。
○松岡(コーディネーター)
佐藤さん。
○佐藤(コメンテーター)
東京マラソンのあの盛り上がりと、参加したい、走りたいという人がこんなに多い日本で、東京でオリンピック・パラリンピックが盛り上がらないはずはないと思っています。秘めた底力があります。2020年となると漠然としてしまうかも知れないけれど、まずは9年後に思いを馳せてみませんか。もし招致が決まったら、2020年までの7年間、日本が世界からよくも悪くも注目を浴びると思うので、それを「プラスの力」に変えていくことが、今、落ち込んでいる日本に必要だと思っております。
個人的には、例えば被災地から五輪選手、パラリンピック選手が出てくる、こういう夢もやっぱり必要ですし、そのための強化策というのも必要です。あともう一つ、この機会に願うことは、障害を持った人にとってもスポーツが当たり前にできるように、この招致活動を通して、そしてスポーツ基本法を通して、ただの紙の上だけでは終わらない施策を望みます。
皆さん、前向きな議論をこれから重ねていきましょう。(拍手)
○大竹(コメンテーター)
選手の立場からすると、日本で、東京でオリンピックで開かれるということは、夢の舞台といっても過言ではないです。今、小・中・高校生ぐらいのお子さんたちがオリンピックを本当に身近に感じて、そこが目指すところという部分に変わるというのは、今だめでも目標をしっかり持てる、今結果が出なくても、オリンピックに出たいんだという思いでその壁を乗り越えられるかもしれないと、そういう大きな力に変わります。オリンピックが日本、東京で開催されることになればいろんな国々の方たちが東京に訪れますよね。そのときに、子どもたちが世界の文化を知ることもできますし、世界に興味を持つことができると思います。
今、小・中・高校生の子たちが大人になった時に、日本から自分の言葉で行動で世界に発信したい、日本をアピールしたいという子どもたちもたくさんふえると思うんですね。そういった意味で、スポーツで人間力ということも養われると思いますし、日本から世界にいろいろ発信できる人材を育成することもできると思いますので、ぜひ皆さんが一つになって東京でオリンピックが開かれることを、私たちも頑張って継続してやっていきたいと思いますので、ご協力よろしくお願いします。(拍手)
○松岡(コーディネーター)
2013年9月7日、ブエノスアイレスIOC総会で場所が決まっていくわけですけれども、きょうは安心しました。石原都知事がどれだけオリンピック・パラリンピックに対して本気なのか、思いが怒りにも変わって語られるところもありましたが、ポイントは、嫌なことは自分が全部リーダーをとってやっていく、そのかわりJOC、体協も含めちゃんとしたものをつくり上げていってほしいという思いを自分の中で感じました。
最後、ぜひともその思いをよろしくお願いします
○石原知事
本当に皆さんきょうはありがとうございます。ただ、東京はやるだけのことはやりますから、もう片方の体協とJOCがしっかりして。皆さん、喝を入れてやってくれ。国会議員のオリンピック招致連盟もあるんだ、超党派で。その連中がやることでしょう。体協とJOCによっぽどしっかりするように皆さんから言ってくださいよ。終わり。(拍手)
○松岡(コーディネーター)
これは愛情という思いで僕は受けとめております。日本にオリンピックがきて、パラリンピックがきて、スポーツ文化というものをつくり上げていってほしいんですよ。そのためにはスポーツをするということです。そして、見る。この2つがあると思います。世界にあって日本はないものは何か。スポーツを支える力が正直言って弱いと思います。そういう意味で、皆さん、オリンピック、パラリンピックを招致するための支えというものが必要だと思いますので、心を一つにして向かっていきたいと思います。
きょうは長時間どうもありがとうございました。(拍手)