石原知事施政方針

平成11年7月1日更新
平成11年6月29日
           平成11年第二回都議会定例会知事施政方針
 平成11年第二回都議会定例会の開会に当たり、私の都政運営に対する所信を申し上げます。
1 はじめに
  私が首都東京の知事に就任して、早くも二か月余りが過ぎました。この間、各局長からの報告を
 受け、あるいは政策会議での侃々諤々の議論を通じて、都政の現状と問題点、とりわけ、深刻な財
 政状況の実態を確かめるにつれ、東京が直面している危機の重大さと、その解決に要するスピード
 の大切さを改めて思い知らされております。一方、私は多くの都民の方々が、時代を覆う混迷と閉
 塞感の中で、強くはっきりとしたメッセージを熱願していることを、肌で感じてまいりました。
  私は、こうした認識の下に、東京都知事としての重責をますます深く受けとめ、いかなる困難が
 あろうとも財政再建を断行し、首都東京が、そしてこの日本が進むべき新時代の航路にしっかりと
 火を灯していく決意であります。
  さて、本議会は、私にとって初めての定例都議会になりますので、私の都政運営の基本姿勢と、
 施策についての基本的な考え方を申し述べ、都議会並びに都民の皆様のご理解とご協力を得たいと
 思います。
2 時代認識
  過去百年余りにわたる、日本における近代化への弛まぬ努力によって、私たちは今日の優れた文
 明社会を築き上げてまいりました。しかしながら、一方では、物質や情報が氾濫し、科学技術の進
 歩によって逆に人間自らの存在や尊厳が脅かされるなど、人間による文明への主体的な制御が難し
 い社会になりつつあります。
  こうした二十世紀における近代主義を超えた、新しい文明秩序の創造が期待される中で、私たち
 は、これから先いかなる国家社会を建設すべきか、日本を牽引する首都東京をどのような都市にし
 ていくべきかという、大きな選択の岐路に立たされております。
  にもかかわらず、現在の日本を眺めますと、戦後50年以上にわたる平和と繁栄の中で、国家に
 も社会にも個人にも、危機意識があまり感じられません。物事の基本的な道理ともいうべき、価値
 の基軸が大きく揺らぎ、家庭や組織さらには国家という連帯の中において、本来果たすべき役割に
 対する責任が容易に放棄されております。もはや発展の足かせでしかない、旧来の中央集権的な政
 治・行政システムは、地方に疲弊と混乱をもたらしただけでなく、自らの判断の下に自らが行動す
 るという、個人や企業そして地方自治体の自主性、自立性を阻む最大の原因となっております。
  首都東京には、こうした現在の日本そのものが抱えている危機の本質が顕著に表れており、まさ
 に日本の縮図といっても過言ではありません。
  今、何よりも大切なことは、このような現状と歴史的な自覚を踏まえ、個人の主体的な活動を活
 かす、新しい社会のダイナミズムを創り上げることであります。失敗を恐れずに創造的で自由な力
 を発揮することが、新しい時代を切り拓く源であると確信します。そのためには、徒に「結果の平
 等」を追求するのではなく、自由な競争を保障する、すなわち「機会の平等」という、本来あるべ
 き公正の原理を改めて重視することが必要であります。独立心のある個人の創意に満ちた努力とそ
 の成果が、国家や都市の繁栄と安定に組み込まれていく仕組みの構築こそ、私はこれからの時代の
 発展基盤に欠かせないものと考えます。
3 都政運営の基本理念
  次に、私の都政運営に臨む基本理念について申し上げます。
(危機意識の徹底とスピードの重視)
  東京は今、危機的状況にあり、世界を代表する大都市としての魅力や活力が失われてきておりま
 す。
  世界のビジネスセンターとしての地位は大きく低下し、台頭するアジア諸都市との都市間の競争
 はますます激しくなってきました。深刻な雇用不安や企業活力の停滞が依然として続いており、一
 向に出口が見えません。金融システムに対する信頼の低下も目を覆うばかりであります。また、迫
 りくる少子高齢社会や環境問題への不安、道路や鉄道の混雑への不満など、都民が安心して働き、
 暮らしつづけるための基盤整備は未だに不十分です。さらに、社会規範や人間倫理といった面の混
 乱も無視できません。
  首都東京の危機は日本の危機でもあります。東京が蘇らなければ、日本を再生することはできま
 せん。今こそ、東京都が主体性を発揮して、新しい発想で思い切った政策を迅速に講じ、全国に東
 京からのメッセージを発信していく時であります。
  私は、山積する都政の諸課題の解決に当たって、都政の隅々にまで危機意識をゆきわたらせ、都
 民の希求や東京への期待に即応できる政策の展開に、全力を挙げて取り組んでまいります。「危機
 意識の徹底」と「スピードの重視」を、今後の都政運営の基本的な姿勢といたします。
(新たな価値や富を生みだす首都東京の実現)
  危機に直面しているとはいえ、東京ほど文明や文化を推進していくための多様な要素が凝縮され
 た都市は、世界でも殆どありません。東京には、多彩な人材や質の高い情報そして技術が集積して
 おります。また、東京圏に目を向ければ、いまや3300万人を擁する広大な経済圏、生活圏が形
 成されております。
  今、私たちが何よりも先に成さねばならないことは、東京のもつ本来の力を発揮させて、危機か
 ら脱出することであります。潜在的な成長力や競争力を引き出すためには、東京を舞台に活動する
 個人や企業が、その能力を十分に発揮できる基盤を整備すると同時に、その努力や成果が報われる
 仕組みを築いていくことが大切です。また、活力を維持していくためには、様々な可能性に挑戦し
 ていく上での発生するリスクを軽減し、選択の幅を広げることのできる、安心の仕組みを整えるこ
 とも必要です。こうした観点からみると、例えば、中小企業が創造力を発揮するための新しい金融
 制度の確立、国際空港の整備と交通混雑の解消、職住近接の実現、さらには働く女性のための環境
 整備などは、早急に進めなければなりません。国に対しても、地方税財政制度の改革や大都市政策
 の重要性を、強く訴えてまいります。
  私は、この東京を、日本のダイナモとして新たな価値や富を生みだすことのできる首都に蘇らせ
 ていき、同時に、価値や富を創っている人たちが報われる都市としていくことを強く決意し、これ
 を都政運営の基本理念といたします。
4 都の行財政基盤の再建
  次に、政策展開の基礎ともなり、都民や企業の皆さんとの関わりの基礎ともなる、都の行財政基
 盤の危機的状況と再建について申し上げます。
(都財政の再建)
  去る6月23日、私は、危機に直面している東京都の財政の現状を明らかにしました。その中で
 お示ししたとおり、平成10年度一般会計の実質的な赤字は約3500億円もの巨額に達し、これ
 からもそれを大幅に上回る、6200億円から7600億円の財源不足が生じることが見込まれま
 す。このまま推移すれば、財政再建団体への転落が現実のものとなり、いわば破産管財人による管
 理の下に置かれ、地方自治体の自主・自立性が損なわれるばかりか、都民生活そのものへの深刻な
 影響が避けられません。
  私は、都の総力を挙げて、この緊急事態に対処していくために、来月、「財政再建推進プラン」
 を策定し、都自らの責任による自主的な財政再建の道筋を、都民の皆様にお示しいたします。また、
 この中で、かねてよりお約束していた、都独自のバランスシートを公表し、資産と負債の実情を明
 らかにいたします。
  これまでの財政運営は、いわゆる右肩上がりの時代から成熟社会への転換期における対応が、必
 ずしも適切でなかったため、現在でも「負の遺産」が重くのしかかっております。バブル経済の崩
 壊後、都税収入が大幅に落ち込む中で、大量の都債を活用した景気対策により、将来の財政負担が
 増大しました。その後の取組によって、投資的経費は大幅に減少しているものの、経常経費はこれ
 までと同じ水準で推移しており、財政の構造的な改革は進んでおりません。
  一方、この間の財源不足を補ってきた基金残高は殆ど底をつき、財源対策のための都債の発行も、
 将来の公債費負担を考えるとこれ以上できない状況にあります。こうした財政の対応能力にも限り
 があり、都財政はまさに崖っぷちに立たされております。
  したがって、都財政を再建するためには、経済の右肩上がりが望み難い社会経済状況の変化を踏
 まえ、「入るを量って出ずるを制す」という財政運営の原則に基づいて、財政の構造改革を徹底的
 に進め、新しい時代に適応する財政体質をつくりあげる中で、財政再建団体への転落を回避し、巨
 額の財源不足を解消していかなければなりません。
  改革の視点として、施策やサービス提供方法の時代変化への適合性、都財政が関与すべき範囲の
 明確化、執行体制の見直し、さらには、受益と負担のバランスの維持などを重視いたします。
  財政再建を進めるに当たっては、こうした点を踏まえつつ、まず職員定数の削減など内部努力の
 さらなる徹底を図ります。不況にあえぐ民間企業の厳しい現状を考えれば、給与関係費の見直しも
 避けることはできません。また、一般財源の充当割合が高い事業を中心に、聖域を設けることなく、
 施策の厳しい選択や再構築を行います。都民の皆様にも痛みを分かち合っていただくことになりま
 すが、21世紀に向けた都民サービスの確固とした基盤を、ともに創り上げる過渡期のあり方とし
 て、どうかご理解とご協力をお願い申し上げます。
  財政再建には国との関係からみた制度面の改善が欠かせません。特に、義務教育教職員給与費等
 国庫負担金などにみられる、地方交付税の不交付を理由とする財源調整措置は、いわば二重の財源
 調整ともいうべき、極めて不合理なものであり、直ちに撤廃されるべきものであります。
  そのため、私は昨日、総理をはじめ関係省庁の大臣に直接面談し、こうした制度の改正を強く要
 望してまいりました。
  また、新規財源の探究も含め、都税、国庫支出金等の恒久的な歳入の一層の確保に努めます。
  さらに、目前の危機を回避するため、未利用財産の売却などの臨時的な歳入の確保にも取り組ん
 でまいります。
  私は、東京都が背負っている莫大な「負の遺産」を前に、座して死を待つことなく、進んで危機
 を突破するつもりで、何としてでも自主的な財政再建を実現させていく決意であります。
(行政改革への取り組み)
  今日の都政は、様々な危機的状況に直面しているにもかかわらず、その状況を真先に認識すべき
 職員の危機意識が極めて不足しており、私は、都庁全体の意識改革の必要性を痛感しております。
  一般的に、公務員のリスク感覚やコスト意識が欠如するのは、単に個人意識の問題だけではなく、
 行政システムの体質そのものに根本的な原因があります。特に、巨大な都庁組織では、その身体の
 大きさ故に滅びたマンモスや恐竜のように、柔軟で機敏な都政運営が難しくなっております。時代
 の変化を敏感に察知し、新しい時代を先取りできる体質に改善していかなければ、首都東京として
 の存在意義を問われかねないものとなります。
  そのためには、先ほど述べた、職員定数の削減や給与関係費の見直しなどの内部努力はもちろん
 のこと、民間委託や監理団体の見直しなど、これまで以上の危機感をもって即応的に対処し、都自
 ら不断の改革を進めることが必要です。
  その上で、中未来の東京の将来像をしっかり見据えての都政の改革ビジョンを描き、それを実現
 するためにふさわしい、強固で弾力的な行財政システムを構築することが不可欠です。
  私は、こうした観点に立って、従来の考え方にとらわれない多様な発想をも取り入れながら、都
 議会とともに十分に議論を尽くし、新しい都政の創造に向けた取り組みを進めてまいりたいと思い
 ます。
  改革の第一歩として、多岐にわたる都政の成果を都民にわかりやすく説明するとともに、都庁の
 内外における政策論議を高めていくためには、政策の目標と実績をわかりやすい指標で示すことが
 必要です。バランスシートは財務体質の診断に不可欠ですが、これと相まって、行政活動の成果に
 ついて、政策の達成を検証・評価する新しい制度も導入してまいります。
  地方分権については、国の法律改正を踏まえ、第一次東京都地方分権推進計画を策定してまいり
 ます。また、今後は、区市町村への一層の権限移譲を進めるため、第二次東京都地方分権推進計画
 を策定し、都の実情に応じた、新たな分権型社会を実現してまいりたいと思います。
  都区制度改革の主要な課題である清掃事業の移管は、いよいよ来年4月に実施されます。残され
 た期間はわずかですが、移管の準備に万全を期すとともに、新たな都区財政調整制度の構築などの
 課題に、全力を挙げて取り組んでまいります。
5 東京が危機を乗り越えるための政策方針
  次に、東京が直面している危機を乗り越えるための政策方針について申し上げます。
  私は、先ほど述べた都政運営の基本理念の下に、政策の方針として3つの目標を掲げ、当面早急
 に取り組むべき「政策の苗」を着実に植えてまいりたいと思います。
(首都東京に活力を取り戻す)
  第一の目標は、首都東京に活力を取り戻し、東京を危機から蘇らせることであります。
<東京の牽引力の危機>
  そのためには、まず、東京の牽引力であり、個人や企業の活力の源である、産業活動を活性化さ
 せることが必要です。
  急速に進む経済のボーダーレス化・グローバル化に対応するため、産業構造の転換が、強く求め
 られております。また、完全失業率が戦後最悪の水準に達し、深刻な雇用不安が続いております。
 「高失業時代」を迎えている背景には、これまで雇用の最大の受け皿であった中小企業がダイナミ
 ズムを失い、新たな需要を創出できないことがあります。
  一方、東京には、世界に誇りうる優れた先端技術を保有している中小企業がひしめいております。
 東京の牽引力の危機を突破するために、中小企業が持つ、こうした潜在能力を十分に発揮できる環
 境を整備しなくてはなりません。これからの産業政策は、すべての中小企業を一様に保護育成する
 ような政策から、優れた発想力や高い技術力の創造を支援する政策へと、転換していくことが必要
 であります。
  私は、まず、金融機関の貸し渋り等により、資金調達に苦しんでいる優秀な中小企業が、従来型
 の間接金融に加え、証券市場から直接資金を調達できるよう、年内にも新しい債券の発行の仕組み
 を構築していきたいと思っております。
  また、福祉、環境、情報産業など、将来の成長が見込まれる有望産業の育成を図り、新たな雇用
 を創出していくため、東京に立地する産業全体を視野に入れた「産業振興ビジョン(仮称)」を来
 年の夏までに策定いたします。
  人口減少の時代を迎ようとしている中で、東京の活力を高めていくためには、観光客やビジネス
 客など、東京への海外からの来訪者を増やすことが必要です。パリには年間1千万人、シンガポー
 ルには7百万人の外国人旅行者が訪れているにもかかわらず、この東京はわずか250万人前後に
 すぎません。私は、交通アクセスの利便性の改善、滞在しやすいホテル等の環境の整備、東京の持
 つ文化的魅力の形成を基本とした上で、積極的にシティーセールスを展開し、経済波及効果の大き
 い観光・コンベンション関連産業の振興に努めてまいります。
  また、民間と連携しながら、西暦二千年を迎える本年12月31日、レインボータウンを中心に
 国際的なニューイヤー・カウントダウン・イベントを開催するなど、東京の活気と魅力を世界にア
 ピールしていきたいと思っております。
<都市機能の危機>
  次に、現在及び将来の世代がいきいきと活動することのできる都市基盤を整備することが必要で
 あります。
  東京における鉄道や道路の交通混雑は、都民や東京で活動する人たちに、非人間的ともいえる通
 勤条件を強いているだけではなく、経済全体の高コスト構造の大きな原因にもなっております。ま
 た、都心部は、高地価と住宅の追い出しが続いたバブル経済の後遺症によって、居住機能が著しく
 低下し、都市の核となる定住力や国際都市に必要な諸条件を確保することが難しくなっております。
 さらに、木造住宅密集地域では、防災空間も依然として不足しております。災害発生の初期におけ
 る危機管理体制の整備も十分とはいえません。
  成熟社会を迎え、限られた財源を最大限に活かしながら、国土の再生を図るためには、これまで
 以上に投資の効率とその効果を重視し、東京をはじめとする大都市の社会資本整備を優先させるこ
 とが肝要です。このため、私は、公共投資の大都市への配分を国に強く求めつつ、東京の都市基盤
 についても、ボトルネックを解消するための整備を重点的に実施してまいりたいと思います。
  経済の右肩上がりの時代における東京の都市づくりは、集中が進む人口や産業の受け皿を整備し、
 業務機能の積極的な分散を中心に進めてきました。しかし今後は、今育ちつつある拠点の整備に力
 を入れるとともに、隣接県を含めた、都市や拠点相互の機能の連携を重視し、鉄道、道路、情報通
 信基盤のネットワークを確保することが重要になります。また、都心を含め、機能更新期を迎えて
 いる地域を再生し、そこに住み働く人びとにとって、便利で快適な魅力ある都市にすることも必要
 であります。防災まちづくりや災害活動体制のさらなる充実も、進めていかなくてはなりません。
  多摩・島しょ地域の豊かな自然は、多くの都民に愛され、東京全体の貴重な財産になっておりま
 す。また、多摩地域は、区部とはまた違った、独自性や個性を明確にした地域づくりが求められて
 おります。私は、大きな可能性を秘めた地域として多摩・島しょ地域を捉え、新たな視点に立った
 魅力のある地域づくりを進めてまいりたいと思います。
  こうした東京の都市づくりをめぐる様々な状況を踏まえ、私は、首都圏全体を視野に入れた、東
 京の新たな都市構造のあり方について早急に検討を進め、来年度に策定する都市構想の中で具体的
 な内容を明らかにしてまいります。
  都市間、拠点間の連携を図る交通ネットワークの整備については、環状方向の幹線道路や公共交
 通の整備に重点的に取り組みます。とりわけ、首都圏中央連絡自動車道をはじめとする3つの広域
 環状道路や、多摩地域の南北道路の整備を積極的に推進するとともに、現在事業中の地下鉄12号
 線環状部は平成12年中、多摩都市モノレールは平成12年1月の開業を目指して、整備を進めて
 まいります。
  ソウルや香港など、アジアの諸都市で国際ハブ空港の整備が急速に進む中で、我が国では関東平
 野に国際線の滑走路が1本しかない状態が、20年以上も続いています。国際ハブ空港の整備は、
 ひとり東京のみならず、日本が生きのびるために、何としても早急に実現させなければなりません。
 私は、成田空港の平行滑走路の早期完成を望みつつ、全力を挙げて、羽田空港の国際化を推進して
 いくとともに、その将来展開をにらんだ跡地利用にも取り組んでまいります。
  ここで、私は、こうした東京都の都市づくりを進めていく前提として、首都機能の移転には絶対
 反対の姿勢を貫いていくことを明確に申し上げます。この東京から首都機能を移転することは、東
 京のみならず、我が国の発展と国民生活に極めて大きな影響を及ぼす問題であります。国会の決議
 や法律の制定時と比べると、バブル経済が崩壊し、景気が大きく落ち込むとともに、情報通信の進
 展や環境への関心が高まるなど、社会経済情勢が大きく変化しております。また、江戸時代から今
 日にかけて、この東京に築き上げられてきた文化的歴史的蓄積を活かすことなく、膨大な経費をか
 けて首都機能を移転することは、まさに歴史への冒涜といっても過言ではありません。
  私は、首都東京の知事として、移転を前提とした議論については再検討するよう、国に強く訴え
 てまいります。
(都民が安心できる東京に変える)
  第二の目標は、新しい発想を取り入れ、危機にさらされている都民が安心できる東京に変えるこ
 とであります。
<環境の危機>
  そのためには、まず、環境の危機を克服することが必要です。
  今日の環境問題を解決するためには、都民自身が被害者であると同時に加害者でもあることを認
 識することが重要であり、一人ひとりが自らの価値観を見直し、消費行動を変えていくことが求め
 られております。
  地球環境問題や有害化学物質問題等を契機に、都民、企業の間には、環境を保全し再生するため、
 行政の規制だけに依存せずに自らも行動しよう、という意識が高まりつつあり、環境行政は転換期
 を迎えております。
  これまでの環境行政は、国が定めた上意下達による環境基準に基づき、供給者に対して規制する
 ことが施策の中心でありました。私は、こうした供給者に着目する視点に加えて、需要者である都
 民が、自らの行動を通して東京に求められる環境の水準を決めていく、いわば「需要者からの環境
 革命」をこの東京から起こしていきたいと思っております。
  「需要者からの環境革命」とは、需要者側から供給者側へ、環境に配慮した商品の生産、サービ
 スの提供を求める行動をとることによって、環境優先の社会・経済システムを実現していくことで
 あります。
  都内最大の需要者でもある都庁が先頭に立ち、グリーン調達や低公害車によるグリーン配送など、
 環境優先の取組を求める率先的な行動を展開し、その上で広く都民の皆さんに、例えば、住宅団地
 内ではディーゼル貨物車での宅配を断るなど、共同行動を呼びかけてまいりたいと思います。
  こうした環境優先の行動は、さらに都市づくりや都市システムの中に組み込んでいくことが必要
 です。大都市東京の活力は、創造性に富んだ活動の基盤となる、快適な環境があってこそ生まれて
 まいります。私は、都市基盤の整備、更新やその利用において、環境に対する配慮を重視する都市
 づくりを推進していきたいと思っております。
  環境に配慮した生産やサービスは、新しい成長産業として最も期待されている分野の一つでもあ
 ります。私は、産業政策とともに連携させながら、環境への投資や技術開発を誘発し、環境を基軸
 として東京を蘇らせるための施策を展開してまいります。
  また、都市活動に対する環境優先の東京ルールを提起し、先駆的な行動を展開していきたいと思
 います。このため、「自動車使用に関する東京ルール」及び「交通需要マネジメント東京行動プラ
 ン」を本年度中に策定し、ロードプライシングなど自動車走行量を抑制する対策や、ディーゼル車
 対策の強化などを進めてまいります。
  環境行政における先導的な役割を果たすため、東京都公害防止条例を平成12年中に全面改正し、
 有害化学物質管理制度やダイオキシン対策などを盛り込んでまいりたいと思います。
<福祉社会の危機>
  次に、福祉社会の危機を克服することが必要であります。
  少子高齢化による人口構造の急激な変化と世帯人員の減少、女性の社会参加の進展、地域社会の
 変化、都民の福祉に対する意識の変化など、福祉を取り巻く社会状況は大きく変化しております。
  一方、現在の東京都の福祉施策は、国の制度が十分でなかった昭和40年代にその骨格が固まり、
 その後も基本的構造は変わらずに事業を展開してまいりました。したがって、社会経済状況の変化
 に福祉施策の変革のスピードが追いつかず、今日の福祉ニーズに十分に対応できる施策の設計にな
 ってはおりません。多様化する福祉ニーズに対して、民間や国、区市町村との役割分担を踏まえ、
 福祉施策として、どのような施策をどのレベルまで行うかが問われております。
  今日、高齢者の介護や子育てなど、福祉サービスを必要とする人は、必ずしも所得の低い人だけ
 ではありません。また、多くの高齢者が元気で、豊かな経験と能力を活かして活躍されてもおりま
 す。
  福祉サービスの基本的なあり方は、行政が決定する「措置制度」から、利用者と提供者の「契約」
 に基づくサービスへと変わりつつあります。
  これからの福祉は、一人ひとりの選択と責任に基づく自立・自助を基本としつつ、家族、地域社
 会、民間、行政などの社会的連帯による、自助、共助、公助のバランスがとれた、安心して暮らせ
 る社会を築いていくことが重要であります。
  とりわけ、利用者の選択を通じた適正な競争を確保するなど、市場原理を活用することにより、
 サービスの質と効率性の向上を促し、利用者本位のサービス提供体制をつくることが必要でありま
 す。
  私は、経済給付的事業からサービスの供給体制の整備に施策の重点をシフトさせるなど、限りあ
 る資源を緊急性・必要性の高い施策に重点的に配分するため、福祉施策の新たな展開に向けたプラ
 ンを、来月を目途に策定したいと思っております。
  また、来年4月からスタートする介護保険制度が円滑に実施されるよう、保険者である区市町村
 と一体となって、万全の準備を整えてまいります。
  さらに、子どもを安心して生み育てられる社会にしていくため、子育て家庭の支援にも重点的に
 取り組みます。
<教育の危機>
  次に、教育の危機を克服することが何よりも肝要です。
  いつの時代、いかなる国家社会においても、最も重要な社会資本は人材であります。我が国では、
 文明の国際的な交流が殆どなかった江戸時代、数多くの天才たちが輩出し、国民全体も高い知識水
 準を持っておりました。このことが、日本が急速な近代化を成し遂げる基礎となったことは明らか
 であります。
  しかしながら、現在の教育システムは、新しい文明を創造していくような人材を輩出する仕組み
 にはなっておりません。次代を担う独創的な人材を育成するためには、これまでの行き過ぎた平等
 主義や、画一的な知識詰め込み型の教育を改めて、個性と競争を重視した教育に転換し、一人ひと
 りの可能性を十分に発揮させていくことが大切であります。
  私は、都立高校の質を高めていくために、学区制の見直しに向けた取組を進め、生徒が都内全域
 の学校を選べるようにすることや、教師間、学校間に適切な競争原理を導入し、校長のリーダーシ
 ップや教員資質の向上を図るとともに、よって責任ある学校運営を確立することが重要であると認
 識しております。
  今日、青少年の問題行動は目に余るものがあり、精神的・情念的退廃は危機的な状況にあります。
 健全な子どもの育成は、まず親が責任を負った上で、家庭、学校、地域などが連携して取り組んで
 いくことが必要であります。私は、正義感や倫理観、思いやりの心を育む教育に社会全体で取り組
 んでいく、「心の東京革命」を進めてまいりたいと思います。
  このために、都内全域でキャンペーンを展開し、この中で、ボランティア活動や親子のふれあい
 活動、都民参加の公開事業など、学校、家庭、地域の連携事業に取り組みます。また、学校生活全
 般を通した道徳教育の拡充の支援、様々なメディアを通した親に対する啓発なども進めていきたい
 と思っております。
(国と世界にメッセージを発信する)
  第三の目標は、思い切った先駆的な行動を展開し、国と世界に首都東京からのメッセージを発信
 していくことであります。
  かつて東京都は、公害行政に代表されるような様々な先駆的な施策を実施し、国や他の地方自治
 体をリードしてきました。1200万都民の強い意思は、国をも動かす大きな原動力となり得るの
 であります。
  私は、東京が抱えている諸課題の解決のために、たとえ法的な制約があっても、都独自の主体的
 な試みを広く都民の皆様に提起し、地方自治体の創意工夫を妨げている制度の変革を訴えてまいり
 ます。
  私は、まず、新しい世紀を「地方主権の時代」とすることを目指し、自ら改革の先頭に立ちたい
 と思っております。
  地方主権とは、自治体が自らの責任と自らの財源で主体的に施策を展開することです。そのため
 には、課税自主権を確保することが最も重要であることを十分に認識しつつ、税財源の移譲など自
 主財源を確保することが基本となります。しかし、現在の地方税財政制度には、国と地方の事務分
 担と税源配分がほぼ逆転するなど、戦後50年以上を経て制度疲労を来しており、その抜本的な改
 革が必要であると思います。
  こうした現行の地方税財政制度については、地方の歳出に見合う租税収入を確保することにより、
 自治体が地方交付税に大きく依存することのない財政体質を確立し、自主・自立的な行財政運営が
 できるようにしていかなくてはなりません。
  私は、こうした観点から、消費税や所得税などの税源移譲と地方交付税制度の見直しを強く求め
 てまいります。
  先日、私は知事になって初めて横田飛行場を視察してまいりました。横田飛行場は、都民の平穏
 で安全な生活を守るとともに、多摩の振興を図る上で極めて重要な位置にあります。このため、横
 田飛行場が我が国に返還されることを基本としつつ、返還までの対策として、地元自治体等とも連
 携を図りながら、民間航空機が就航できるよう、国に強く求めてまいります。
  アジアは、我が国にとって、地理的に近接しているだけではなく、経済戦略上も重要な地域です。
 特に、潜在的に高い経済力をもつタイやマレーシアなどを含む東アジア地域は、21世紀における
 世界経済の成長を担う一翼として、期待されております。
  これからは、アジアの諸都市が、これまで以上に実質的な交流を深め、ある面ではしのぎを削り
 合いながら、その英知を結集し、経済の振興や都市問題の解決を図っていくことが必要であります。
  私は、こうした新たな観点から、アジアを基軸として世界をにらむ新しい都市連合の結成に向け
 て、検討を進めてまいりたいと思っております。ビジネスや、地球環境保全のための国際協力など
 の実質的な事業を展開していくためには、行政だけではなく、NGOや企業などの民間の力を巻き
 込んだ、東京総体としての都市外交を推進していくことが重要であると考えます。
6 おわりに
  私は、以上のような施政方針の下、都民とともに切り拓く新しい世紀に向けて、東京が直面する
 危機的状況への対応のあり方を早急に示すため、「危機突破・戦略プラン(仮称)」を本年11月
 を目途に策定いたしたいと思っております。さらに、長期的な東京の将来展望を見据えた、総合的
 ・体系的な都市構想を来年度に策定いたします。
  「第三の開国」を迫られている今、我が国の首都東京が、これからの世界の歴史の中で果たすべ
 き役割は、決して決して小さなものではありません。私は、この東京から、「行政の新しい波、ヌ
 ーベルバーグ」を巻き起こしていきたいと思っております。
  改めて、皆様のご理解とご協力を心からお願い申し上げます。
  本定例会には、これまで申し上げたものを含めて、条例案12件、契約案15件など、あわせて
 32件を提案しております。よろしくご審議をお願い申し上げます。
  以上をもって、私の発言を終わります。