石原知事施政方針

平成15年2月5日更新

平成15年第一回都議会定例会知事施政方針表明

平成15年2月5日

 平成15年第一回都議会定例会の開会にあたり、都政の施政方針を申し述べ、都議会の皆様、都民の皆様のご理解とご協力を得たいと思います。

 去る1月21日、曽雌久義議員が逝去されました。ここに謹んで哀悼の意を表し、心よりご冥福をお祈りいたします。

1 東京を起点とした日本再生のうねり

(複合的、重層的危機の到来)

 さて、我々の身の回りには、実に多くの物質が氾濫しております。昼夜の別なく、あるいは居住地に関係なく欲しい物を手に入れることができ、5年前、10年前と比べ、生活は確実に便利になりました。
 しかし、豊かな生活を享受しているとの実感を誰も持つことができず、我が国は、長期にわたり、大きな混乱と深い低迷の中に沈んでおります。依然として世界の総生産額の1割以上を占める経済大国でありながら、社会の中には、不安、不満、不信、そして失望が増幅を続けております。これもひとえに、将来の目標を見失い、夢や希望を持てなくなったためであると思います。
 このような事態を招いた最大の要因は、社会工学上最も力を備えているはずの政治が、本来の役割を忘れ、惰眠を貪ってきたためであります。とりわけ政治の中枢である国政の場において、正当な現状認識がないため、政策の優先順位を決めることができず、外国からも自己決定のできない国とみなされております。そもそも、明治維新当時に太政官制度を開始して以降、一世紀以上にわたり本質を変えていない我が国の政治、行政のシステムは、もはや金属疲労に侵されていると言わざるを得ません。
 経済活動の主役である産業界においても、似たような状況が生じております。油断と慢心で固まった企業からは倫理観が消え、偽装表示や事故の隠蔽、システム障害など相次ぐ不祥事は、日常の生活にも重大な影響を及ぼしております。経済再生の足かせとなっている不良債権に至っては、未だに全貌が明らかにされず、抜本的な対策は先送りされるばかりであります。
 また、国民の間には、周囲や他人に対する無関心が蔓延し、社会への貢献や奉仕を忌み嫌う風潮が一般化しております。その反面、身勝手な要求だけは声高に主張する、一方通行の関係が形成されております。
 いつしか我が国は、誰もが責任を認めようとしない非責任社会となってしまいました。その結果、一つの危機を解決できないまま、そこからさらに別の危機が発生する重層的危機に陥っております。

(自己決定できる社会の樹立と東京の責務)

 この事態を打開するためには、一人ひとりが現況を正確に認識し、責任ある行動を自主的に起こす必要があります。
 我が国は、太平洋戦争での敗戦後、アメリカに依存することで現在の地位を築き上げました。しかし、それが見せかけの成功でしかなく、非常に脆い存在であることは、ここ十数年の手痛い経験で、誰の目にも明らかになったと思います。他力本願に慣れた我が国では、危機に晒されたとき、社会や企業に責任を取る者が存在しないため、新しい決断を下すことができず、皆、萎縮するばかりであります。変化が激しく、何が起きても不思議ではないこれからの時代を強く生き抜くため、それぞれが自らの行動に責任を持つ、自己決定のできる社会を樹立する必要があります。それが独立した国家本来の姿でもあると思います。
 まず改めるべきものは、気の持ちようです。これから先、アメリカやEUに伍して国際社会における存在感を高めるには、一人ひとりが、国家のアイデンティティを自覚し、国家に対する愛情を育むこと、自主独立の心を持つことが不可欠となります。その誇りある心こそが、萎縮を消し去り、発展のエネルギーを創り出すのだと思います。幸い、ワールドカップで見せた日本代表チームに対する心からの熱い応援や、一方、北朝鮮の拉致被害者を支える心が、国家民族を想う心を意識、無意識のうちに引き出しております。その上で、覚悟と責任を持てば、閉塞した事態を打ち破ることは十分に可能であります。
 今の限りにおいて、我が国は停滞を続けておりますが、それは、持てる力を発揮できずに不完全燃焼が続いているためであり、本来、日本人は高い能力を有しております。
 政治に求められるのは、国民から付与された権能を正当に行使することで、国民の能力を十全に引き出すことであります。具体的には、円滑な活動を支える基盤の整備、安全の確保、時代の潮流に合わせた規制の見直し、経済の再生などに強い指導力を発揮することが求められます。この点については、国に任せるだけでなく、首都として、東京も積極的に関わっていく責務があると思います。
 東京は、地方自治体の一つではありますが、世界各国に比べても十指に入る経済規模を誇り、国家に匹敵する影響力を保有しております。同時に、地方自治体であるが故に、国では到底持ち得ない現場感覚とスピード感覚を併せて持っております。こうした特有の強みを最大限に発揮することで、ここ東京を日本再生の起点とし、新しいうねりを巻き起こしていきたいと考えております。

2 東京がつくる新しい行政のかたち

 このような大きな認識の下、今年も、新しい取組みに積極的に挑んでいきたいと思います。

(都市再生の促進)

 国は、東京都の働きかけにより、従来ないがしろにしていた都市に対する認識をようやく改め、遅ればせながら、都市の再生に乗り出しております。都市再生の中核をなすのは社会資本の整備であり、現況においては、環状道路と空港機能の拡充が、最も優先度の高い事業であると思います。
 整備が遅れている環状道路の中でも、外かん道の関越道から東名高速を結ぶ区間は、高架方式による計画が30年以上にわたり手つかずの状態となっております。並行する道路は慢性的な渋滞に悩まされており、過去の選択の過ちが大きな禍根となっている典型的な事例であると思います。東京都では、異常な事態の解消に向け、地元との協議会や有識者委員会を設けるなど、精力的な取組みを続けております。先月には、より具体的に踏み込んだ修正案として、新しい整備方針を公表いたしました。
 国との間で合意した新しい方針では、我が国で初めて大深度地下を利用し、併せて、トンネル構造を小さくすることで、経費や工期を大きく圧縮しております。稠密な人口を抱える大都市においては、通常は使用しない40メートルを超える地下の部分も貴重な空間であります。今回の事例は、大深度法適用の第1号として、これからの大深度利用のモデルになると思います。今後、住民や地元自治体と合議を重ねながら計画を取りまとめ、早期に完成すべきであると考えております。
 このほか、渋滞の解消に向けた独自の取組みも実を結び始めております。京王線と鶴川街道の立体交差は、先般も視察してまいりましたが、平成13年度に開始した踏切すいすい事業の第1号として、来月末に完成する予定であります。我が国初の画期的工法を採用、駆使することで、従来の半分以下となるわずか10か月で工事を終了できる見込みであり、スピードの重視を大きな柱に据え取り組んできた結果が、ここにも表れていると思います。
 羽田空港の再拡張については、先月、首都圏七都県市の長と国土交通大臣による第1回目の協議会が開催されました。このメンバーが羽田の問題を巡って一堂に会するのは、今回が初めての機会であり、大臣には、地方負担の反対と早期着工について改めて強く申し入れました。会議を通じ、地方負担の白紙撤回が確認でき、再拡張並びに国際化の必要について共通の認識を持てたことは、大きな成果でありました。正式な協議の場が整ったことを踏まえ、今後、国に対しては、横田基地も含めた首都圏の航空政策に関し、様々な建言を行いたいと考えております。

 一方、都市再生の特別措置法が施行され、都内ではいくつもの大きなプロジェクトが動き出しております。しかし、東京全体の街並みを再生し、都市の魅力を向上するには、現在の取組みに加えて、都民の意欲と創意工夫を活かしながら、身近な都市再生を進めることが必要となります。そのため、今定例会には、街区の再編と調和のとれた景観の形成を目指して、しゃれた街並みづくりを推進する新しい条例を提案いたしました。

(首都移転の断固反対)

 東京の再生は、国家の再生に直結する極めて重要な取組みでありながら、こうした再生策を進める上で大きな障害となっているのが、今なお中途半端な形で残る首都移転問題であります。
 そもそも首都移転は、バブル当時の国会決議を引きずった、前世紀の厄介な残滓でしかありません。国民の支持もまったくないため、国は3か所の候補地を1か所に絞り込むことさえできない状況にあります。
 現在国では、費用面での批判をかわすため、規模の縮小案を検討しておりますが、居住のために必要な経費を意図的に削るなど、算定根拠には妥当性がまったく見当たりません。現場を知らない者が勝手に描いた空理空論でしかなく、縮小案は、移転を強行するための便法に過ぎません。
 また、移転候補地にバックアップ機能だけを先行して建設する案もありますが、仮に都心の官公庁が被災した場合でも、代替施設は七都県市の中だけで十分に確保することができます。既に七都県市では、既存の施設を活用することで首都機能を補完する具体的な案を持ち合わせており、首都圏を外れた遠隔の地にバックアップ施設を建設することは、一切不要であります。
 移転論は、弁解や修正を加えれば加えるほど中身の杜撰さが露呈する結果となっており、完全に自家撞着に陥っております。
 国は、現在開会中の通常国会で一定の結論を出すようでありますが、出すべき結論はただ一つ、首都移転計画からの当然の撤退であります。民意を踏まえた良識ある判断を強く求めたいと思います。

(環境の危機の克服)

 環境の危機は、大気汚染のように直接生命を脅かす問題から、温暖化のように地球の将来を左右する問題まで、多岐にわたっており、これまで、様々な機会を通じて警鐘を鳴らし、対策も講じてまいりました。
 最も身近な危険である大気汚染に対しては、これまでの取組みの到達点として、本年10月より、基準を満たさないディーゼル車への走行規制を開始いたします。昨年9月に違反ディーゼル車一掃作戦を開始して以降、粒子状物質減少装置の装着が大幅に増えているほか、百貨店協会をはじめとする企業、業界でも自主的な取組みが始まり、対策は着実に進んでおります。このたびは、ディーゼル車の買換えを促進するため、既存の融資制度を活用できない小規模零細事業者にも利用が可能となる新しい融資制度を創設いたしました。円滑な実施に向け、今後さらに相談体制や広報活動を充実し、きめの細かい対応を図っていく予定であります。
 ディーゼル車の規制が実際に始まることは、国を含めた多くの関係者に大気汚染の問題を再認識させるだけではなく、住民に対する強いメッセージの発信にもなると思います。
 このほか、東京では、地球規模での温暖化と大都市特有のヒートアイランド現象と、2つの温暖化が深刻化しております。温暖化の進行は、エネルギー消費の増加を招き、それがまた、更なる温暖化へとつながっております。この悪循環は、まさに都市文明の弊害を象徴していると思います。
 東京の温暖化に歯止めをかけるため、環境審議会では、二酸化炭素の削減策などについて検討を開始いたしました。年内を目途に答申を得た後、都民、企業、NPOなどの協力の下、実効性ある政策を早急に立案したいと考えております。
 またこの先、原子力発電所の稼働停止によって、電力不足が懸念されることもあり、都庁は、率先して省エネルギーの運動を実行しております。先ずは、来月までの間、事業所を含め、これまでの取組みをさらに強化した庁舎のエネルギー抑制運動を展開いたします。都民の皆様も、日々の生活を改めて見直し、エネルギーの節約に是非努めていただきたいと思います。
 温暖化の防止に向け、省エネルギーと並ぶ重要な柱は、新しいエネルギーの開発、普及であります。その一つとして、臨海部では、来月の稼働を目指して、大都市では初めてとなる風力発電施設の整備を進めております。さらに夏からは、自動車メーカーなどの協力を得て、都営バスの路線で、燃料電池バスの運行を開始する予定であります。
 一方、丸の内など4か所の地域では、モデル事業として、保水性の舗装、街路樹の再生などを集中的に実施し、今後のヒートアイランド対策の強化につなげてまいります。こうした取組みを通じ、都市における新しい環境対策の模範を示していきたいと思います。

3 厳しさ嵩じる中、政策展開と財政再建に取り組む平成15年度予算

(緊急課題、重点課題への集中的対応)

 東京が新しいうねりを起こす原動力を蓄えるには、都政の基盤を強化することが不可欠であります。現在は、昨年11月に策定した重要施策を基本に、全庁を挙げて重点事業の具体化と構造改革に取り組んでおり、平成15年度予算においては、この流れを確かなものとすることが必要であります。
 現下の都政には、都市の再生をはじめ、環境対策、中小企業対策など課題が山積し、待ったなしでの対応が迫られております。しかしながら、景気回復の兆しが遠のき、都税収入が8年ぶりに4兆円を下回る見込みとなるなど、都財政を取り巻く環境は一段と悪化しております。
 このような状況の中にあっては、政策の優先順位を明確化することが不可欠であり、平成15年度予算では、濃淡をつけて財源を配分し、緊急課題、重点課題に集中的に対応をいたしました。
 緊急の対策が求められているのは、中小企業、雇用対策やディーゼル車対策などであり、中小企業制度融資については、過去最大規模となる1兆7500億円の融資目標を設定いたしました。雇用対策としては、求職者の多様化に応じ、新たに夜間駅前での職業訓練を開始する予定であり、ディーゼル車対策については、10月からの規制に向け、今後、5万台の買換えを支援いたします。
 このほか、基盤整備のような将来の東京に不可欠な事業や福祉、医療など都民生活に直結する分野にも、手厚く予算を措置をいたしました。都市の骨格を形成するために幹線道路や連続立体交差、公共交通網の整備を積極的に進めるほか、渋滞の激しい交差点で集中的に渋滞対策を実施いたします。また、認証保育所については、来年度90か所の開設を目指しており、障害者に対しては、地域での活動の場を今後3年間で300か所整備することを目標に特別の支援を講じております。このほか、小児医療をはじめとする救急医療についても一層の充実を図る予定であります。

(財政再建への積極的取組み)

 こうした施策の展開と同時に、財政構造改革をさらに進めることが重要な課題となります。来年度は、歳出削減を徹底するため、職員定数の削減や監理団体に対する財政支出の見直しなど内部努力を強化したほか、施策の見直しや再構築をこれまで以上に厳しく進めております。
 一方、将来の財政運営にも目を配り、7兆円近い残高を抱える都債については、新規の発行をできる限り抑制いたしました。その結果、都債残高は13年ぶりに減少に転じる見込みであります。財源の半分近くを起債に頼り、しかもその8割を赤字債が占める国の放漫財政とは、大きな違いがあると思います。
 このようにして編成した平成15年度予算は、前年度に比べ3%の減となりました。しかし、それでもなお2500億円の財源が不足したため、特別の対策を取らざるを得ませんでした。
 果実活用型の5つの基金は、今日のゼロに近い低金利の中、運用の利益を見込むことができず、仕組み自体の存在意義が失われております。そのため今回は、財源対策として、地域福祉振興基金など3つの基金の元本を取り崩しております。国際平和文化交流基金など残る2つの基金については、今年度をもって廃止し、残高を財政調整基金などに積み立てる予定であります。
 財政再建団体転落の危機を寸前に、平成12年度予算から始めた財政再建推進プランは、来年度が最後の年となります。この4年間は、逆風が続いた苦難の時でありましたが、都議会の皆様の協力を受け、一貫して財政の健全化を志すことができたと考えております。プランに着手する前の平成11年度と15年度予算とを比較すると、一般歳出は、7千億円減少いたしました。また、プランで掲げた取組みのうち、独立での対応が可能な部分は、当初の目標を上回る成果を上げております。とりわけ職員定数は、当初の計画を2割近く上回り、4年間で6千人近くを削減いたしました。
 しかし、国からの税源移譲は一向に進まず、都税収入もプラン策定当時の見込みを大幅に下回っております。歳入と歳出の均衡を図りながら、同時に新しい施策の展開が可能となる強固な財政体質を実現するには、一層の歳出削減や自主財源の確保が不可欠であります。引き続き財政構造改革を強力に進める必要があると考えております。

4 政策の苗の着実な育成

(中小企業対策の積極的な展開)

 一方、最近の我が国経済は、バブル崩壊の後遺症ばかりでなく、止むことのないデフレ、自由な活動を阻む各種の規制、時代遅れの経済政策など複合的な事象に起因した負の連鎖が鮮明になっております。都内では、6割の中小企業が売上高の減少に直面し、企業の倒産件数は過去最悪の水準であります。
 厳しい経済状況が続く中、東京都は、ものづくり産業の再生に向け、昨年9月に産業力強化会議を立ち上げ、企業の立地環境などについて検討を重ねております。会議では、東京都が定める立地規制が壁となって工場の拡張ができない事例などが報告されており、中小企業の経営者からは、規制緩和を求める声が数多く寄せられております。
 こうした現場の声に応えるためにも、企業の活力を削ぐ一因となっている工場の立地規制については、早期に撤回すべきであると思います。現在、特別工業地区建築条例の廃止を含めた見直しについて、関係する地元自治体との調整を進めております。引き続き、規制緩和をはじめ、知的財産の活用や産学公の連携など企業の意欲を高める支援策を講じながら、産業競争力の強化に取り組んでいきたいと思います。
 このほかにも、中小企業に対しては、金融機関から生きた資金が十分に回らないことから、東京都は、直接金融の道を開いてきました。現在は、4回目の発行となるCLO、ローン担保証券と合わせ、国、地方を通じ初めてとなるCBO、社債担保証券の発行準備を進めております。東京都による担保証券の発行は、都内中小企業の新しい資金調達の手段として、既にすっかり定着したものと思います。
 また、制度融資については、質量両面で過去を凌ぐ対策を講じておりますが、今後の状況によっては、たとえ年度の途中であっても、更なる融資規模の拡大に踏み込むべきと考えております。
 戦後最悪とも言われる今日の不況を乗り越えるため、今後とも、切れ目のない中小企業振興策を展開していきたいと思います。

(治安の回復に向けた取組みの強化)

 我が国は、経済の低迷ばかりでなく、社会生活でも混乱が続いており、その顕著な例が治安の悪化であります。特に東京では、この数年、犯罪の認知件数や、検挙率に関し、戦後最悪となる記録の更新が続いており、都民は、不安と背中合わせの生活を強いられております。
 このような現況を前に、安心を取り戻すには、犯人を検挙するだけではなく、警察を中心にしながら、都民、事業者、行政が一体となって、犯罪の発生を未然に防止する必要があります。現在、犯罪を防止するための総合的方策について、有識者の方々に検討を依頼しており、その結果を踏まえ、犯罪の抑止に向けた取組みをさらに進めたいと考えております。
 犯罪の取締りにも一層力を入れており、特に、ひったくりや強盗などの街頭・侵入犯罪、来日外国人グループや暴力団などの組織犯罪に対し、重点的に対応いたします。
 都民が治安の回復を実感し、安心のできる生活を実現するため、引き続き対策を強化していきたいと思います。

(災害対策の充実)

 都民の安全を確保するには、治安に加え、自然災害に対する備えも求められます。首都圏では、直下型大地震の発生が懸念され、広域的な対応が求められているため、先月、七都県市、国、関係機関が合同した大規模な図上訓練を初めて実施いたしました。当日は、それぞれの現場での指揮官を中心に1300名を超える者が、ロールプレイング方式の演習に参加し、初動対応や応急対応について訓練を行いました。
 参加者は、事前の情報がない中で、瞬間的な判断力や分析力、情報収集能力が試されることになり、現場での実地訓練とは異なった経験を積めたと思います。結果を総括し、問題点を改善した上で訓練を繰り返し、関係機関と連携しながら防災能力の向上に努めていきたいと考えております。
 一方、退避生活が長期化している三宅島の人々は、島を離れてから3度目の冬を迎えました。依然として火山ガスの噴出が続く中、火山の現状や健康への影響、安全確保策などについて、専門家による検討が続いております。一日も早い帰島を実現するため、引き続き、島の復旧と島民の支援に力を尽くしたいと思います。

(教育改革の推進)

 戦後の教育界を支配した悪しき平等主義は、生徒を甘やかすだけの結果しか招かず、教育の荒廃の元凶となっております。今日、教育の現場では、鍛えれば大きく伸びるはずの生徒の才能の芽をつぶしており、都立高校では、個性と魅力が消えてしまっております。現在進めている都立高校改革は、学校に競争原理を導入し、教育の質を高める取組みであります。
 学区制度が全廃される平成15年度の入学選抜では、学力重視を打ち出した進学指導重点校や体験学習などを取り入れたエンカレッジスクールに、多くの志望者が集まりました。学校を活性化し、魅力を取り戻す上で、横並びの廃止が極めて有効な手立てであることを明快に証明したと思います。
 学校選択の幅が広がったことで、今後は、校長に教育者、経営者としての資質が問われることになります。校長の責任の下、経営計画、バランスシート、年間授業計画などの作成と公表を行い、広く都民に学校の活動状況を公開しながら、自らの手で改革を推進いたします。同時に、校長が指導力を発揮できるよう、予算面で校長の裁量権を大きく拡大いたしました。さらに、改革の実績を上げた学校には、予算、人材などを重点的に配分し、成功に報いる仕組みを導入いたします。
 また、健全な子どもを育成するため、家庭や地域での取組みとして提唱してきた心の東京革命については、先月、行動プランを改訂し、区市町村や民間団体に対する支援事業を充実いたしました。普及啓発や体験学習を進める地域の活動を重視し、積極的な支援を続けたいと思います。
 いつの時代も、若者たちのユニークな発想や旺盛な好奇心が、社会を動かす力の源泉でありました。我々の役割は、子どもたちが存分に力を発揮できる土壌を整えることにあると思います。来年度は、教育ビジョンを策定し、新しい教育のあり方を示す予定であります。
 戦後教育の失敗により錆びついてしまった日本人の感性が再び輝きを取り戻すよう、教育改革を積極的に進めていきたいと思います。

(利用者の視点に立った福祉、医療の改革)

 教育に限らず、福祉や医療に関しても、時代の変化に応じてサービスの内容を日々見直す必要があります。
 これからの福祉を考える際、柱とすべき改革の一つは、入所施設を中心とした対応から地域での生活を支える体制に改めることであります。東京都では、利用者本位の視点から、この方針を2年以上前に示し、グループホームなどを整備をする一方、都立の入所施設の見直しに向け、改革に着手しております。国では、遅まきながら東京都の理念を取り入れ、昨年12月に策定した障害者基本計画の中で、地域生活を重視する姿勢をようやく示しました。
 福祉サービスの第三者評価制度も、国に比べ、東京都は大きく先行しております。来年度は、これまでの試行を踏まえ、対象サービスを大幅に拡大した上で、本格実施に踏み出します。試行部分の評価結果については来月公表し、その後、本格実施分の評価についても、福祉情報総合ネットワークの中で提供していきたいと思います。
 医療においても、患者の立場を尊重した医療体制を実現する必要があります。診療情報を開示することは、患者と医師が信頼関係を築く第一歩となるものでありまして、その前提として、カルテの開示に威力を発揮する電子カルテの導入が不可欠となっております。しかし都内では、1%に満たない診療所でしか導入されていないことから、来年度、地方自治体としては初めて、診療所が共同で利用できる電子カルテシステムに対し支援を開始いたします。システムが構築できれば、医療機関相互で情報が共有化できるなど、患者と医療機関双方に利点があり、医療の質を高める大きな効果が期待できます。
 都立病院においても、府中病院を皮切りに順次、電子カルテを導入する予定であります。こうした取組みを契機として、電子カルテの普及を図り、東京から、患者中心の医療の道筋を切り拓いていきたいと思います。

(観光振興の新しい工夫)

 東京は、世界屈指の大都市でありながら、ロンドン、パリ、ニューヨークなどと比べた場合、都市の活動の中でビジネスの占める比重が重く、観光あるいは文化といった面での存在が希薄であります。
 しかし、観光が振るわないのは、必要な観光資源がないためではなく、観光客を呼び込む創意工夫が相対的に不足しているためであります。この反省の上に立ち、東京都では観光を産業振興の成長分野と位置づけ、いくつもの策を立ち上げております。国も、ここへきてようやく同様の認識を持ち始め、観光立国に向けた検討を開始いたしましたが、やはり対応が遅く鈍いとの印象を拭い切れません。
 東京都は、さらに来年度、点在する観光資源を有機的に結びつける新しい取組みとして、観光の視点に立ったまちづくり事業を展開いたします。先ずは、歴史と伝統を持つ上野地区と若者に人気の高い臨海地区において、地域で一体となって観光客を受け入れる体制を整え、まち全体の魅力を高めていきたいと思います。
 上野地区では、大道芸人などヘブンアーティスト事業のために上野公園を引き続き開放するほか、7月から12月にかけて、国立博物館本館など5つの施設をライトアップする予定であります。ライトアップについては、上野にとどまらず、皇居での実施も働きかけていきたいと考えております。
 一方、臨海地区においては、水辺空間を持つ特性や未来志向のまちである優位性を活かした観光振興に取り組む予定であります。早急に土地の貸付基準を緩和し、新しい店舗などを呼び込むと同時に、大規模なイベントを誘致し、観光客を引き寄せたいと考えております。お台場では、7月から海水の浄化実験を始める予定であり、小さな子どもでも安心して海で遊べる環境を整えたいと思います。観光を通じてまちの魅力が向上することは、企業の誘致活動にも大きな弾みとなるものであり、臨海副都心部の一層の発展を図っていきたいと思います。

5 外形標準課税を巡る次なる闘い

 ところで、都議会の皆様、都民の皆様のご支援の下導入した外形標準税について、過日、控訴審判決がありました。
 この判決では、課税の根拠となる根幹の部分をはじめ、そのほとんどについて都の主張が認められ、東京都が先鞭をつけて前進させた地方分権の正当性が確認できたと思います。事実、東京都の行動は、外形標準課税導入の地方税制改正となって、国政の場においても、結実しようとしております。しかし、判決の中では、ただ一点、導入前の所得基準に基づく税負担と新しい外形基準に基づく税負担とを比較する、いわゆる均衡要件において、東京都の主張が十分理解されず、結果として敗訴となりました。
 税を導入した当時、既に10兆円の公的資金の導入を仰いで、なおその後、経営状況が一向に改善しない銀行の今日の姿を予測することは、極めて困難であったと思います。税負担の水準について、条例制定後の状況も勘案すべきだとされたことは、やはり納得し難いものであります。今回の判決に対しては、東京だけではなく我が国の将来のためにも、最高裁判所において、改めて司法の判断を受けたいと思います。皆様の一層のご理解とご協力をお願いいたします。

6 未来を切り拓く強固な意思

 我が国は、波高い海に四方を囲まれた地勢的要件から、独自の社会を形成しております。閉ざされた空間の中で集団を作り、成熟した文化を生み出す一方で、意思表示することを善しとせず、またその必要もさしてない風土を育んでまいりました。
 しかし、世界全体が時間的、空間的に狭小になり、もはやあいまいな態度は、通用しなくなっております。異なった文化、文明を持つ人々と共存していくには、はっきりと意思表示をすることが必要であり、国民一人ひとりに意識改革が求められていると思います。
 地方自治体においてもまた、意思表示が必要な時代を迎えております。本来であれば、地方分権が進むことで、地域の個性ある発展も実現するはずでありました。しかし、国が主導する地方分権は、理念だけはまことに結構なものの、肝心の税財源に関しては移譲する兆しがまったくなく、その実現は、百年河清を待つが如しであります。受け身の姿勢では、国の失敗のあおりを受け、自立すら覚束ない状況が続くと思われます。このような中にあっては、地方が自らの意思を表示し、それを梃子に国を動かしながら発展を遂げる必要があります。
 東京とて例外ではなく、発展に向かうには明確な意思に基づく行動が求められており、その一つが構造改革であります。従来のラインでは対応不可能な新しい仕事が増える中、都政には、依然として、時代遅れの制度や現実味のない計画に固執している事例が、少なからず残っております。こうした障害を突破するためにも、施策と執行体制の両面から、一層の構造改革を進めていきたいと考えております。
 過去から現在、そして未来に連なる歴史の流れの中で、我々の乗っている船は、沈没する危険がいよいよ間近に迫ってきたようにも思えます。しかし、我々は、危機を前にしてただ傍観し、流れに身を任せるのではなく、未来を切り拓く努力を重ねる必要があります。
 歴史を遡って眺めると、強固な意思と行動力のある者だけが歴史に名を刻み、時代を変える先駆者となってきたことが理解できます。構造改革を通じて生まれ変わる東京が先頭に立って行動することで、新しい日本の歴史の流れを創り出していきたいと思います。

 なお、本定例会には、これまで申し上げたものを含め、予算案39件、条例案96件など合わせて144件の議案を提案しております。よろしくご審議をお願いいたします。

 ところで、都民から負託を受けた現在の任期は、この4月をもって終わりとなります。最後になりますが、この間の都政をともに支えていただいた都議会の皆様、都民の皆様のご支援とご協力に対し、改めて感謝を申し上げます。

 以上をもちまして、施政方針を終わります。