石原知事施政方針

平成22年6月1日更新

平成22年第二回都議会定例会知事所信表明

平成22年6月1日

 平成22年第二回都議会定例会の開会に当たりまして、都政運営に対する所信の一端を申し述べ、都議会の皆様と都民の皆様のご理解、ご協力を得たいと思います。

 去る5月14日、元東京都知事、名誉都民の鈴木俊一さんが逝去されました。また、5月30日には、名誉都民である青木半治さんが逝去されました。ここに謹んで哀悼の意を表し、心よりご冥福をお祈りいたします。

1 日本はどうなってしまうのか

(岐路に立たされた日本)

 さて、我が国はグローバルな競争の波に洗われ、国家の構造が根本から揺らぐ人口減少社会に突入するなど歴史的な岐路に立たされております。活路を見出すためには、日本のあるべき理念を掲げて国家のグランドデザインやアイデンティティを自らの手で確立しなければなりません。それゆえ、政治は国家官僚の支配から脱して本来の責任を果たし、役割を終えた社会システムを抜本的に改良することを求められております。国際競争を勝ち抜くために我が国を新しい成長へと導き、同時に危機に瀕した財政を再建することも焦眉の課題であります。
 このような状況にあって、昨年9月に発足した政権は、複雑な連立方程式をいかに苦しくとも解いていく気迫に欠け、行政組織を使いこなすこともできず迷走しております。
 首都を預かる知事としても政権に期待し、それゆえ幾つかの建言もいたしました。しかし、政権が標榜する「地域主権」は、国と地方の役割分担に関する根本的な発想を欠いて霞ヶ関の抵抗を抑えきれず、国が地方を縛ってきた義務付け・枠付けの見直しも不十分な内容に止まっております。コンクリートではなく人間を大事にすると主張する一方で、八ッ場ダムの建設の中止を表明した根拠を未だに示さないのは、国民の安全・安心を守るべき政治として責任ある姿勢とは言えません。外環道のような費用対効果・経済効果の高い社会資本整備を遅滞させ、他方で経済への還流が定かでない歳出を増大させては、我が国経済の再生も国家財政の再建もあり得ません。
 国政では、正当な歴史観・文明観という背骨を欠いた、情緒的・感傷的な言葉だけが幅をきかせております。鳩山首相自身、国を守る意識と能力を致命的に欠き、「日本列島は日本人だけの所有物ではない」と公言する始末であります。国家を背負う気概を置き去りにした政治には、難局にあって歴史の裁きに耐えられる決断を下すことが到底できません。このままでは日本は衰微するしかなく、既に国威は低下しつつあり、国際社会において、日本を無視し切り捨てるジャパン・ディッシングなる侮蔑的な言葉さえ生まれております。

 漂流する政治に国民は失望し、将来への展望を見出せないまま自信を喪失しております。そして、社会の刹那的で利己的な風潮にさらに拍車がかかることになっています。
 我が国は、戦後の長きにわたる平和がもたらした物質的繁栄に慣れ、心の「たが」がいささか緩んできております。目先の欲望成就だけを願い、増税を含めていかなる負担や責任の増大をも拒む風潮に対して、肝心の政治は、道理をもって国家の将来や日本人としてのあり様を説こうとしません。相変わらず、痛みに目を背け、成り立ち得ない高福祉・低負担への幻想を断ち切れずにいます。
 我々は価値の混乱の大きな渦に巻き込まれ、世代を超えて持ち続けるべき垂直な価値の基軸は根底から揺らいでおります。

(日本への愛着を持って)

 国政の混乱と社会の混迷を見るにつけても、日本はどうなってしまうだろうかという想いを禁じ得ません。
 もとより、日本への愛着を持ち、子供や孫たちへの責任を果たさんとするならば、このまま座してこの国の死を待つわけにはいきません。
 我が国は長い歴史の中で固有の文化・感性などを培い、その時代時代において国家・民族として進むべき方向を見定め発展してまいりました。今日の停滞にあってなお、東京の実力は国際的に極めて高く、日本全体もまた豊かな可能性・潜在力を未だ持っております。
 本来持つ力を国家の大計に組み込むとともに、現在蔓延している拝金主義・欲望至上主義と引き替えに失ってきたものを取り戻すならば、日本は必ず力強く再生するに違いありません。ゆえにも、東京から目指すべき方向を提起し、国政を先導してまいります。日本が未来に向かって発展しつつある確かな手応えを、今一度取り戻してまいりたいと思います。

2 東京から日本の進むべき方向を提起する

(環境と調和した社会を造形する)

 日本は、資源や食料の多くを海外に頼っております。それゆえ、化石燃料への依存から脱却して地球温暖化を食い止め、気象の異変による干ばつや海面上昇を防ぐために世界をリードすることは、未来に向けて国民と国土を守ることそのものであります。我が国は、環境と調和した社会を全力で造形しなければなりません。
 東京は、地球に多大な負荷をかけている大都市として自ら率先して変革を遂げるために、本年4月1日からキャップアンドトレード制度を開始いたしました。これを契機に、企業がオフィスビル等に対する省エネ投資へと大きく動き出しております。今後も、制度を効果的に運用するとともに、中小企業への省エネ設備導入を支援し、住宅にも太陽エネルギー利用機器の普及を進めてまいります。都も下水道事業などで最新の技術を積極的に導入するなど、環境技術を都市の隅々に行き渡らせ、環境産業の成長も促してまいります。
 また、キャップアンドトレード制度により創出された自然エネルギー需要に応えるため、風力発電等の開発で北海道や東北4県と連携しております。海洋エネルギーの利用に先鞭をつけるべく波力発電の可能性も国に代わって示し、今後、大島周辺の海域での民間企業等による実証実験に向け協力してまいります。このような都市活動と地方の自然エネルギーを結んだ経済循環を創り出し、地域を活性化する新しいモデルを示してまいります。
 環境との調和を軸とした日本の未来像を、東京から一つずつ確かな形にしてまいります。その取組みは、今月開催するICAP(国際炭素行動パートナーシップ)・東京会議で世界に披瀝いたします。

 現在、CO2削減の国際的合意に向けた展望は一向に開けておりません。しかし、世界に先駆け低炭素社会に転換し、そこで培った技術・ノウハウによって文明社会の新しい秩序づくりを牽引してこそ、日本は国際社会で敬意を払われながら繁栄もできるのです。
 肝心の国政は様々な利害の対立や意見の相違を乗り越えるリーダーシップが発揮されておらず、国会で審議中の「地球温暖化対策基本法案」からは、具体的な政策の道筋が一向に見えてきません。いかに国際社会の動向が不透明だからといって国の腰が定まらなければ、CO2削減に向けた国民の協力を求めることも、民間の投資意欲を引き出すこともできません。国には、排出総量を確実に削減できる全国規模のキャップアンドトレード制度の創設など効果的な施策によって、環境問題への対処を社会の発展に繋げていくよう強く求めてまいります。

(技術を伸ばして日本を新たな成長軌道に乗せる)

 我が国の強みの最たるものは技術とそれを実用化する能力であり、これを一段と伸ばすことが、今後の日本の発展の重要な鍵になります。

〈潜在力を引き出し新事業を創出〉

 東京には、「東京都ベンチャー技術大賞」で脚光を浴びた途上国でも大いに力を発揮する流水式小水力発電システムなど、斬新な技術や製品が数多く存在しており、それを世に送り出す小零細企業は、日本の可能性そのものであります。景気に持ち直しの動きが見られる中、欧州で発生した新たな危機が世界を巻き込んだ混乱になることを警戒しながらも、企業の新しい成長機会を果敢に見出していかなければなりません。
 その一環として、首都大学東京や都立産業技術研究センター等の力を結集し、環境、医療、福祉などの成長が期待される分野において、技術開発から実用化までの道筋を明らかにした「技術戦略ロードマップ」を策定いたします。ロードマップに沿った企業の取組みを支援することで、その潜在力を引き出し新事業の創出に結実させてまいります。

〈航空機部品分野への参入支援〉

 民間航空機もまた、新興国の発展などに伴い今後20年間で約2万6千機、300兆円の市場規模とも言われる有望な分野であります。技術力や品質管理能力に長けた東京の小零細企業は、航空機部品の製造で自らの強みを十二分に活かすことができます。
 現在、都は参入意欲を持つ企業の受注体制や技術力強化のために、企業をグループ化するなど計画的に取り組んでおります。来週開幕する世界有数のベルリン国際航空宇宙展でも企業と製品を売り込むなど、参入拡大を強く支援してまいります。

〈上下水道事業の国際展開〉

 国際競争においては、核となる技術はもとより、維持管理や運営の手法などとも合わせた総合力も重要であります。とりわけ、膨大な需要が見込まれる水ビジネスでは、その優劣が問われます。
 東京の水道事業は世界で最も進んだ浄水技術を持ち、漏水率3%、料金徴収率99.9%など、ハードもソフトも世界のトップクラスにあります。下水道事業も汚水処理技術の高さと、発生する汚泥を資源やエネルギーに再生する先進的・複合的な技術を誇っております。
 民間企業とチームを組み、優れた技術・ノウハウを武器にして世界の上下水道事業に参画すれば、安全な水を得られないために地球上で年間150万とも言われる子供が命を落とす状況を改善するなど国際社会に大きく貢献し、東京と日本の経済も活性化いたします。
 既に、東京水道の実力が評価され、オーストラリアでコンサルティング業務を手掛けることになりました。今後、各国のニーズや事業に係るリスクなどを十分に把握しつつ、海外での事業展開のための戦略と戦術を練り上げてまいります。

〈東京の活力の土台〉

 東京の活力の土台にあるのが首都としての高度な集中・集積であります。数多くの企業・大学・研究機関の密接な連携とそれを支える機能的な都市インフラがあってこそ、世界に挑戦できる新しい技術や優れたノウハウが生まれるのであります。
 国においては、都が持っている用途地域に関する都市計画の決定権を区市町村へ移譲する動きがありますが、日本の成長エンジンである首都の活力を維持・向上させるには、広域的な視点からの一体的な都市づくりが不可欠であります。これまで都は区市町村と連携して首都全体のバランスを考慮しながら都市計画を決定してきており、十分に機能しております。大都市・東京の実情に即した対応を、国に求めてまいります。

(スポーツの力で社会を元気にする)

 国民が自信を失い、夢や希望を抱きにくくなっているのは、豊かさを極めながらも、自らが拠って立つ価値の基軸や新しい目標を見出せずにいることにも原因があります。
 こうした状況に風穴を開ける起爆剤となるのがスポーツであります。子供たちの気力や体力の低下が顕著になっておりますが、スポーツに打ち込むことを通じて、他者との相克にも耐え得る肉体と精神が鍛えられ、友情やフェアプレーの精神など一生を支える心の糧も得られます。また、急速に高齢化が進む中、スポーツを通じて健やかな生活を手に入れ社会との絆を再生すれば、夢や希望を持って人生を送ることに繋がります。スポーツの振興は、教育や医療、高齢者・障害者福祉などの様々な分野の政策と相乗効果を発揮しながら、多岐にわたる問題に直面する現代社会を大きく変えます。
 さらに、優れたアスリートが国の代表として世界の檜舞台で活躍するならば、国家への愛着を呼び覚まし、国民を一つにも結びます。

 2016年のオリンピック・パラリンピック招致活動を通じて、都民・国民のスポーツへの関心はかつてなく高まり、スポーツ界とこれまでにない関係を築くなど、様々なスポーツの苗を植えることができました。
 その苗を大きく育てるためには、ハードとソフトの両面から施策を総合的に展開していかなければなりません。平成25年に東京国体と全国障害者スポーツ大会を一体として開催するための準備が本年夏から本格化することにも合わせて、スポーツに関する所管部門を一元化した「スポーツ振興局」を国に先んじて設置いたします。新組織を核に、スポーツ界や関係団体、区市町村、地域などとスクラムを組みながら、年齢・性別・ハンディキャップの有無を問わず地域でスポーツに親しみ、優れたアスリートも輩出する環境を整えてまいりたいと思います。
 同時に、近年のスポーツの盛り上がりを力強く牽引してきた東京マラソンの運営主体を法人化いたします。機動的な運営を実現して、親子の絆を深めるファミリーランや社会貢献の縁となるチャリティーなどの多彩な企画を充実し、名実ともに世界最高峰の大会へと進化させてまいりたいと思います。
 また、今月に策定する「総合的な子供の基礎体力向上方策」に基づき、全公立小中学校で実効性のある取組みを展開いたします。
 スポーツ振興のあるべき姿を東京から提示しながら、国を先導する「スポーツ都市東京」の実現に邁進してまいります。

(次世代の育成は国づくりの根本)

 次を担う世代をいかに育てるかが、東京と日本の行く末を決定づけると言っても過言ではありません。スポーツによって心と体を鍛えることと合わせて、独自の感性や発想を伸ばしてまいりたいと思います。

〈若者の活字離れ対策〉

 人間は、書籍を読むことを通じて自分で考える力を養ってきましたが、現在、若者の生活の中で読書の占める割合が著しく低下しております。また、通信手段やIT技術の進歩は、瞬時に世界中とアクセスすることを可能にしましたが、多くの若者が氾濫する情報に溺れ、その分析・判断も他人の情報に頼るようになりました。そのために物事を深く思索できなくなり、主体的な価値判断に自信が持てなくなっております。
 こうした背景を持ついわゆる「活字離れ」について、専門家の英知も集めながらその本質を解明し、若者が人生を生きていくための根源的な力を養う手立てを講じてまいります。

〈首都大学東京の今後の展開〉

 学生の個性や独創性を呼び覚まし、若い可能性を真に育てる新しい大学のモデルを東京から誕生させるべく、平成17年に首都大学東京を開学いたしました。既存の学問体系に囚われず学部を再編し、現場体験型のインターンシップを導入して学生の視野を広げるなど、新しい教育を実践してまいりました。
 この間、少子化の急速な進展や、国境を越えた大学間競争の激化など、取り巻く状況は一段と厳しさを増しております。世界中から学生を集めるなどグローバル化に対応した運営が益々重要になっており、そうした観点に立って第二期中期目標を本定例会に提案しております。
 従来の先進的な取組みを継承しつつ、世界諸都市の教育研究機関と連携を強化し共同研究や人材交流を積極的に進めてまいります。大都市に共通する課題に関する国際研究拠点になるとともに、世界を股に掛け活躍できる有為な人材を育成してまいります。

(少子高齢化への対処)

 東京と日本を将来へと繋ぐためには、少子高齢化という我が国の構造的な変化を乗り越えていく必要があります。
 子育ての安心を高める保育サービスの拡充については、本年4月から開始した3か年にわたる少子化打破緊急対策事業の中でも、集中的な取組みを行っております。さらにその先をも睨み、潜在的なニーズも考慮して、今後5年間で保育サービスの利用児童数を3万5千人増加いたします。
 安心して子供を産み育てるために必要な医療の確保には、地域における医療機関相互の密接な連携は不可欠であります。昨年より都立墨東病院の救急体制を強化するため、産科当直等を地域の医療機関が支援する体制をとっております。これに加えて、都立大塚病院を核に、妊婦の状態や疾患に応じて地域の医療機関が役割を分担し、連携して診療にあたる「大塚モデル」を構築して、先月10日より運用を開始いたしました。この夏には、「こども救命センター」を指定し、センターを拠点として地域における小児医療のネットワークを形成していくなど、今後も、より充実した医療体制づくりを進めてまいります。
 また、仕事と家庭生活を両立できる社会の実現に向け、柔軟な勤務体制づくりなど企業から働き方の改革のモデルとなる取組みを公募しており、今後選定を進め支援を行ってまいります。
 これらの取組みをはじめとして、次代を担う子供たちが健やかに育つ環境を創り出しながら、同時に高齢者のための「すまい」の確保や施設の整備も着実に進めるなど、高齢者の安全と安心を確保してまいります。
 都民の日々の暮らしを揺るぎなく支える様々な仕組みを整えて、少子高齢時代にふさわしく都市をさらに成熟させてまいりたいと思います。

(新銀行東京)

 次に、新銀行東京について申し上げます。
 新銀行東京は、平成21年度決算において、通期で開業以来初の黒字となりました。小零細企業へのきめの細かい対応など、懸命な努力の賜物と考えております。
 都は、新銀行東京が引き続き再建を進め、小零細企業支援という設立目的を十分に果たせるよう、今後とも支援してまいります。

3 今を生きる者の責務

 我々が暮らす社会を成り立たせているのは、長い長い歴史の堆積と世代を超えた垂直の価値観であります。これを守り、新しい歴史に加えて次の世代へと引き継ぐのは、今を生きる者の責務であり、いつしか大きく外れてしまった我が国の航路を正していかなければなりません。
 今必要なのは、国政が窮地にある国家の現実を直視し、決意と覚悟を持って行動することであります。また、かつて福沢諭吉が「立国は私なり、公に非ず」と喝破したように、国民の国を想う意思の積み重ねによって確固たる民意が形づくられることであり、歴史的な岐路に立つ日本は眠りから脱すべきなのであります。
 日本が覚醒するためにも、東京から引き続き強いメッセージを発信し、必要な手立ても尽くしてまいります。東京の強みを伸ばし弱みを打破して世界の範となる都市へ進化させることで、日本の未来図を示すべく、全力で都政運営にあたってまいります。

 なお、本定例会には、これまで申し上げたものを含め、予算案1件、条例案7件、合わせて18件の議案を提案しております。よろしくご審議をお願いいたします。

 以上をもちまして、所信表明を終わります。