〜東京ビッグトーク〜石原知事と議論する会

平成17年2月28日更新

「東京に住む」
平成16年度第2回「〜東京ビッグトーク〜石原知事と議論する会」議事概要


テーマ  「東京に住む」

日時  平成16年11月2日(火)14時から15時30分まで

場所  都庁南展望室(都庁第一本庁舎45階)

参加者

写真:石原知事と議論する会の様子(出席者)
石原慎太郎 都知事

コメンテーター
 泉 麻人(いずみ あさと)さん(コラムニスト)
 隈 研吾(くま けんご)さん(建築家/慶應義塾大学教授)
 月尾 嘉男(つきお よしお)さん(東京大学名誉教授)

コーディネーター
 宮崎 緑(みやざき みどり)さん(千葉商科大学助教授)

公募都民 201人(うち発言者2人)

発言要旨

 以下は、出席者の発言内容を生活文化局広報広聴部で要約し、取りまとめたものです。

○宮崎さん(コーディネーター)
 「〜東京ビッグトーク〜石原知事と議論する会」の今日のテーマは、「東京に住む」です。東京というのは、機能的には最先端を進んでいると言われますが、住感覚をどこかで置き忘れたのではないかという意見も出ております。
 早速、コメンテーターの皆様からご発言をいただいて、それから知事にお話をいただきます。

○泉さん(コメンテーター)
 私は東京の新宿区で生まれ育ちまして、最初に育った下落合の家は、昭和の初めごろに建ちました、文化住宅というのか、日本的な家屋の中に1つだけ洋間があるという家でした。非常に気に入っていたのですけれども、親が死んだときに、相続の問題で、壊してワンルームマンションに変えてしまいました。文章で、古い街並みを残そうなどとよく書いたりするのですけれども、結局、自分自身は、新しいものに建て直したりしていて、矛盾を秘めているところもあります。
 ただ、東京の下町あたりの古い物件を買ってきて新たに再生する建築家のグループがいて、きのうお話しした28歳の若い建築家の方は、自分で八丁堀あたりの古いビルを見つけてきて、そこを改装して住んでいらっしゃる。この4〜5年ぐらい、僕よりも若い世代の中で、東京の古い建物などをうまくアレンジして、住んでみようとか、店舗に改装していこうみたいな、そういうものが芽生え始めているのではないかと感じております。

○隈さん(コメンテーター)
 私は自分で建築の設計をやっているものですから、「東京は汚い」などと言われると、自分も責任の一端を担わなければいけないので、なかなか難しい立場です。
 外国人は、日本ファンであればあるほど、今の東京のことを、「どうしてこんなになっちゃったのか」と嘆きます。これは、建築のデザイナーがいないからかというと、そんなことはなくて、実は、日本の建築家は、世界の中では、例えば最近話題になった建築の設計者というランキングをしますと、かなり上位に入ります。なのに、なぜかお膝元の日本のまちでは余りいい仕事をしていないということです。
 この原因を、皆さんと考えられたらいいなと思っております。

○月尾さん(コメンテーター)
 東京に生活して一番いいと思うのは、いろいろな時代が一つの場所に重なって存在していることで、ほかの都市ではなかなか得られないと思います。つまり、400年の歴史があるだけではなく、現代の都市も同じように活動しているということです。
 こういう状況は批判もある一方、外国の人が東京に感激するのは、そういう一種の混乱した状態が非常にいきいきと残っているところです。
 そのようにすばらしい都市ですが、近代になったときに、西洋の考え方を入れすぎた面があるのではないかと思います。明治以降の都市計画の中で、住む機能、働く機能、遊ぶ機能をきれいに分離してきて、それが現在の東京に、かつてのいきいきとした姿がないという原因ではないかと思います。
 最近、部分的にですけれども、アークヒルズとか六本木ヒルズのように、一つの場所にいろいろな機能をあわせて持つという構想が登場してきて、それなりに活気がある一角ができてきました。
 近代が進めてきたことをもう一度見直して、いろいろな機能が融合した都市を再生することに挑戦していくことが、重要な時期ではないかと思っております。

○石原知事
 「東京に住む」ということは、東京で生活するということでしょう。その観点で見ると、世界の首都の中でこれだけ集中・集積が進んでいる大都市はないと思います。しかも、それが一国の首都であることの意味合いはとても大事だと思います。
 ただ、都市の機能ということになると、致命的に欠けることがあります。それは主に道路の渋滞です。パリとかロンドンと比べますと、東京の場合は、首都高速は別ですが、二重、三重の外側の環状線が、いまだにできていない。首都というものの機能について全く考慮がないまま来たために今日の渋滞がある。それから、東京の23区ほど、地下鉄を含めて列車が発着する駅の数が多い首都は、世界中にありません。慣れた人には便利ですが、パッと使いたいときに使い勝手が悪い。
 そこに、寛永年間に愛宕山からイギリス人の写真家が撮った東京のパノラマの写真があります。白塀で、全部瓦ぶきで、実に美しい街並みです。世界一の人口を持ち、しかも上水道まであった世界一機能的なまちでした。比べて、この展望室から南、東、西と見ると、もうでこぼこ、ごちゃごちゃ。これは、東京圏の終電のころに吐き散らかした反吐ですよ。なぜこんなことになってしまったのか。
 何年ぐらい前になりますか、マルローが日本に長くいて2〜3日行動をともにしたときに、マルローが、日本人というのは本当にすばらしい感性を持った国民だと。瞬間のうちに永遠というものを定着することができる、そういう感性と能力をもった民族は日本人しかいないと。私は、確かにああそうだと。非常に簡略化された様式の中にすばらしい無限性を表現できる、そういう日本人が都市をつくると、なぜこんなことになるのか本当にわからない。
 例えば、今度建った首相官邸、あれは何ですか。周りと全くのミスマッチでしょ。
 国立に、マンションができてこれが問題になって、けしからんと言う人たちが愛している国立の駅に向かっていくあの大きな桜並木に行きますと、そこにチェーンの中華料理屋が、ばかでかい店をつくって、その壁がまっ黄色。こんなものをよく許すなと言ったら、私たちには権利がないと言う。権利がないなら、景観に対して文句を言う権利もないでしょう。
 司法に感覚をゆだねることは非常に危険なことです。だから、その前に、まちに対する感性をもうちょっと取り戻す。日本人には素養があるのだから。
 東京駅のゲロは掃除をすれば取れるけど、東京のまちはそうはいかない。しかも、機能が悪い。民間からいろいろな知恵を出していただきたい。いいアイデアはどんどん取り上げていきます。よろしくお願いします。

○木西さん(都民)
 私は、住まいも勤めも隅田川の隣ですので、よい天気の日は、自転車に乗って川沿いに美しい橋を見ながら、さわやかな風とともに通勤しております。行きも帰りも、いつも追い風ですので、かかる時間は電車よりも速いです。
 ここに、東京都に自転車通勤を奨励する提案をいたします。まず、自転車専用道路を整備して、自転車にとって危ないところをなくしていただきたいです。川沿いのテラスには、自転車の通行を認めるようにお願いします。また、自転車通勤に関する労災適用や奨励金などの制度をつくっていただきたいです。これらの取組みは、単なる交通渋滞や大気汚染などの環境保全の観点だけではなく、必要なときに自動車を使うといった、一歩進んだまちづくりなのであります。これで人の流れをまちに呼び戻し、快適で楽しい空間を、都心道につくり出し、みんなが車を使わないで楽しく暮らせる東京都の将来でありましょう。ぜひお願いしたいと申し上げます。

○宮崎さん(コーディネーター)
 車あるいは高速自動車道を中心としたまちづくりから、自転車のスピードで目を転じると違うまちづくりが見えてくるかもしれない。ヨーロッパのまちなどに行きますと、歩道と車道との間に自転車専用道が必ずあるまちが多いですよね。地球環境問題などでも、二酸化炭素の排出量を考えると、自転車奨励ということを政策として行っている都市の事例を聞いたりすることがありますが。

○石原知事
 地域によっては言うにやすいことで、その配慮はすべきだと思います。しかし、例えば環七とか環八とかの幹線道路が通っているところで自転車に乗ることは至難の業ですよ。
 私も一つ考えたのは、盗んでもすぐにわかるような独特の自転車を使って、乗り捨てたら、だれかがまたそれを乗り継いでいくみたいな、そういうこともやってみたらなと思うのですが、これはできないことはないでしょう。
 しかし、その前に、可住面積が少ない。日本で少ないだけではなくて、東京は特に少ない。この中で、自転車というものが東京じゅう走ることは、ある意味では危険もあります。

○隈さん(コメンテーター)
 自転車は、ヨーロッパでは単に通勤・通学だけではなくて、文化なんですよね。自転車で屋外美術館を全部回るとか、それはいろいろな交通問題を解決するという利点がある以上に、人間にとっての文化だという考え方をしているので、そういうところまで自転車の影響が広がってくると、おもしろいことになるかもしれないですね。

○泉さん(コメンテーター)
 東京は、河川敷とか緑地ではサイクリングコースが結構できていますね。先ほどの方がおっしゃっていたのは、やはり都心に通勤するときにつくってくれというお話だと思いますが、今の道路事情でそこにつくることは至難の業で、自転車の高架路をつくるとか、そういうようなことしかないのではないかと思います。

○月尾さん(コメンテーター)
 東京の現在のオフィスの密度と住戸の密度で自転車を奨励すると、周辺部では可能性があるにしても、都心は無理です。すべて一律に実施するということは非常に難しいと思います。

○石原知事
 ついでにもう一つ申し上げますが、環状線ができたら、東京都内の交通事情は、自転車の通行の便宜も含めてものすごく変わります。驚くほど変わります。環状線をできるだけ早期に完成すること。経済効果その他この他から言って、これほど国家全体にとっても価値があり、意味があり、効果があるプロジェクトはないです。

○鈴木さん(都民)
 私は、東京に住むことを家に住むように感じてほしいと考えています。しかし、多くの人にとっての東京は、家のドアを出たときから、会社のドアを入るときまでの往復としか考えていないのではないでしょうか。
 私は今年の夏、ニューヨークのハーレムに行きました。怖いイメージがあったハーレムを一新させたのは、美しい緑でも、教会でもなく、昔からある、ごく普通のアパートに住む人々の姿でした。その生き生きとした人々の姿が私の価値観を変えるきっかけになりました。
 目に見えるところに自然やそのまちの魅力がはっきりあらわれているまちは、どんどん少なくなっているように思います。けれど、魅力がないまちはないと思います。探せばまだまだあるはずだと思います。外国に比べて家が小さい東京で、一歩家の外に出て、家のようにくつろげる、そういうお気に入りのスポット探しを勧めたいと思います。
 私は今、目白の大学に通っているのですが、ニューヨークに行ってから、池袋から目白間を歩くようにしました。そこで見つけたのが、目白庭園という本当に小さい庭です。そういう自分なりのお気に入りの場所を見つけていけば、まちをもっと知るきっかけにもなるし、まちに住むという考えを持つきっかけになると思います。

○泉さん(コメンテーター)
 僕は、それぞれのまちに性格があると思います。先ほど知事がおっしゃった国立の中華料理屋さん。多分、国立みたいな学園都市で見ると、そういった建物はアンバランス。アンバランスにしても、気持ちの悪いアンバランスではないかと想像されてくるわけです。例えば錦糸町みたいなまちにそういうものがあったら、それはキッチュがなじむと思います。それぞれのまちが自分の器というか、テーマを設けてまちづくりをしていくということがすごく大切で、ある部分では、例えば多摩あたりのどこかのまちは、昔の武蔵野の雰囲気の街並みにしようということで、川のフェンスをちょっと低くしたり、護岸を草に変えてみたり。公園というと、今はどこでもアスファルトというか、全天候型みたいな路面にしてしまうところを、あえて砂利にしたり、土に変えてみたりみたいな、そういうことは地域によってテーマを持ったまちづくりをしていくことが大切ではないかと思います。

○隈さん(コメンテーター)
 今の鈴木さんの意見ですごく面白かったのは、住むことを基本にした都市計画があり得ないかということです。住む建物というのは、独特のやさしさ、スケールの小ささがあります。パリで19世紀にオスマンという人が都市改造をしました。彼は、パリの基本は集合住宅だ、集合住宅を基本にまちづくりをすれば、いいまちができるということでやった。今のパリでいくといい感じでしょう。ライムストーンというベージュの石の色で、実はほとんどが集合住宅です。その中に事務所も入っているし、下に店舗も入っている。そういう形の混在ができています。
 さっき月尾さんが言ったカオスというのは、外観上のぐちゃぐちゃじゃなくて、パリが持っているような、一つの基本があって、その中にいろいろな要素が入り込めるようなことを言ったのだと思います。その基本は、住まい、人間が住むということ。そこをもう一度取り戻すことは非常に大事ではないかと思います。
 ところが、東京を見てみると、一番ひどいのはマンションです。立派な会社がつくっているにもかかわらず、どうしてあんなことになっているのか。そこの基本がちゃんとすると、あなたが言った「住まいを基本にするまち」ができると思います。

○宮崎さん(コーディネーター)
 でも、パリも集合住宅、マンションも集合住宅ですよね。同じように集合住宅ですが、具体的に言うと、どこがどう違いますか。

○隈さん(コメンテーター)
 パリの場合は、19世紀という一つの建築技術が統一できているときに、集合住宅を基本にして、いいまちをつくった。東京は、20世紀の、いろいろな技術が混在している、一番どうしようもないときにマンションをたくさんつくってしまった。
 ところが、今、少しずつマンションもよくなってきています。21世紀というのは、パリの19世紀ほどではないかもしれないけれども、もうちょっとよくなる。そのときに、もう一回、集合住宅を基本にしたまちづくりができると、東京のまちは随分変わるのではないかと思っています。

○宮崎さん(コーディネーター)
 その辺のところをぜひ伺っていきたいと思うのですが、パリは、実はまちづくりというものはトップダウンですね。上から枠をはめることができたことが、あのまちのきれいさと言われるところもある。東京で、今せっかく石原知事の時代に、号令一下できることがないのでしょうか。

○石原知事
 号令一下は乱暴なことで私の好むところではありませんが(笑)、国が決めた基準はみんなくだらないので、構わないから全部無視しろと私は言っています。
 例えば、青山一丁目に都営住宅があって、大集合住宅を、上は住宅にして、下はテナントが入るのかな、それをつくるんです。原案を持ってきたから、「案外階数が低い。こんなところでなぜこんなに低いのか」と聞いたら、「これは建設省が決めた基準で、これ以上容積率はありません」と言うから、「そんなものは構わない、無視してやっちゃえ」と。しかも、「PFIで民間に頼むなら、民間の採算ベースで、これが例えば仮に30階だとしたら、50階までだったら採算合いますよと、必ず案が出るはずだから出させろ」と言ったら、出てきた。私はそれで、建設省の役人を呼んで、「これをやるからな」と。「おまえらが言っていることは古い、いかにこんな容積率が大都会東京に似合わないか」と言ったら、「わかっています、もうそういう時代ではございません、どうぞ勝手にやってください」と。(笑)
 地方自治体はそういう意思表示をしたらいい。国の役人も自分たちが金縛りになって規制がいかにくだらないかわかっていて、東京都がやるならしようがないやと。
 そういうケースがたくさんあるので、筋が通らないことは、筋を通すために、国の筋を無視してやったらいいんです。そういうことのために私は知事になりました。
 逆に一つお聞きしますが、今でもあの北斜線とかいうくだらないものがあるんですか。

○隈さん(コメンテーター)
 あります。影を何時間も落としてはいけないとか、数学的なわかりにくい、形がだめになるような規制をあるときから入れたんです。規制だって、19世紀にパリのあの街並みをつくったのは、もっと合理的な、形をきれいにする規制を入れていたのに、20世紀の途中にああいう規制を入れてしまったんですよね、特に日本が先導して。

○宮崎さん(コーディネーター)
 そうすると、知事、東京に限っては、高さとか形、屋根の角度とか、全部を瓦にしなさいとか、その辺のところを統一していくような新たな枠組みづくりを今からおやりになるというお考えはいかがでしょうか。

○石原知事
 これはやはり最後は国です。個々でいちいちケンカするのもかったるいしね。国が容積率を変えて上に積み上げたら、下の空いたところに公園をつくるとか、ひなたぼっこできるようなスペースをつくったらいい。
 外国などは、日の当たりのいいマンションは、値段が悪い。日が当たらないと家具が狂わなくていいから、日が当たる部屋はだめだという人もいますからね。そこら辺は価値観の問題で、終戦後の、着るものがなくて、みんなが身を寄せているときは、日だまりに行ってひなたぼっこをしながら幸せを感じたんだろうけど、そんなものの余韻で都市を改造されたらかなわないだろうと。
 建築家が何とか言ってくださいよ。

○隈さん(コメンテーター)
 マンションの北側と南側では、ニューヨークでは値段は全く同じです。南だけが高いのは日本だけです。アジアの一部でときどきあるんですけど、ヨーロッパやアメリカでは、北も南も値段は同じです。
 それから、容積率の話も、ロンドンは今はもう容積率はありません。撤廃しています。それでどうしてめちゃめちゃにならないかというと、それぞれの場所に応じてちゃんと相談に行くわけです。この場所にこういうものだったら、1,500%でも2,000%でもいいと。これだったらダメと、それぞれの場所でちゃんと対応できるわけです。都市計画的な大きな視野をもっている人がそこで相談にのって決めています。

○月尾さん(コメンテーター)
 社会というものは、放っておくと必ずカオスに向い、やがて極限のカオスに到達します。それを、人間が絶えず努力して、コスモスという秩序ある世界を目指すのですが、これには膨大なエネルギーが要ります。そうすると、石原知事のような強引な人がいない限り、その秩序はできないということになり、石原知事の間に、どういう方向に秩序づけていくかということを明確にしてもらう必要があると思っております。
 どういう方向かを考えるのに参考になるのは、渡辺京二さんという方がライフワークとして書かれた『逝きし世の面影』という本で、江戸の末期から明治の初期に日本に来た外国の人が書いた記録を読まれて、当時の日本が世界にどう理解されていたかということをまとめたものです。これには2つの大事なことが書かれていて、一つは、当時の日本は、この世に存在するただ一つのパラダイスだと、ほとんどの外国人が一致して認めたことです。さらに驚くべきことは、その当時、日本に来たロシアの艦長とか、アメリカの領事とかが、“このすばらしい日本が、我々の文明を導入しようとしている。これによって日本という国が崩壊していくのを見るのはしのびない”と書いていることです。
 その予言のとおり、150年たった現在、西洋をモデルにしたために日本の社会が非常に混乱した状態になったと思います。もう一度、100年以上かけて、ある方向に秩序をつくっていくということが、日本がやるべきことではないかと思います。
 国と対決する力がある石原知事の時代に、東京をどうするのかということを、都民の方々も協力してつくっていく。それを100年かけて実現するという構想が必要で、10年とかいう単位では決して戻らないものだと思っています。

○宮崎さん(コーディネーター)
 そうすると、100年後までしっかりとその路線に行くような最初の哲学をつくり上げないといけないですよね。秩序がどういう方向にあるべきか、知事にぜひ伺いたいと思いますが。

○石原知事
 そんなものがわかっていれば、私はとっくに哲学者か総理大臣になってるけどね。
 時間的・空間的に、世界がこれだけ狭小になってくると、かつて日本を愛した人たちが、この楽園が失われるだろうと予見したのはまさにそのとおりだと思う。しかし、これは歴史的な必然というか、避けられないことだと思います。
 私たちの本質が何かということを、相対的にいつも日本人が自分で見極めて心得ている必要があると思う。そういう点では、マルローが言ったように、瞬間の中に永遠というものを閉じ込める、表現することができる能力を持った日本人の感性を私たちは失いたくないし、それを失わしめない教育というか文化政策をとらなければいけないと思う。感性の違いというのは、日本人にとって大事だと思うし、それをどうやって本質的に失わずに行くかということが、例えば日本の建築の様式のようなものにも生かされてくると思います。それをどうやって、建築だけではなくて、都市のためにも、日本のためにも、すべてのために残していくかというのは、都市論だけではなくて、国家の大経綸ですよね。それについての確かなビジョンを持っている政治家なんていないよ。これはやっぱりみんなで考えましょうよ。

○宮崎さん(コーディネーター)
 感性をどう建築に生かすかというお話がありましたので、まずそれを隈さんに答えていただいて、まちにどう生かすかということは泉さんにお答えいただこうかと思います。江戸のまちというのは、木と紙の文化といいますか、大火がたくさんありました。ちょうど建物が悪くなったころに火事になって全部燃えて、また建てて、これが非常にいいサイクルになっていたそうです。つまり、作り直すところに持続性を見出していた。今それになったら大変ですから、そういうことでいくと、感性をどう生かすか。まず建築の隈さんから伺います。

○隈さん(コメンテーター)
 木というのは、昔は燃えてだめだったけど、今は燃えない木ができていて、それを使うと、実はかなりのことができるというのが一つのヒントです。
 表参道にルイヴィトンジャパンの本社があって、木で外装をつくったんです。ルイヴィトンのフランスの会長に、木は日本の文化の神髄だから木を使いましょう、ちょっと高くなるけどと。国交省に聞いたら、あれだけのビルに木はだめだと。それで全部外にスプリンクラーがついていて、火事になったらそれで消火できるということで許可になりました。
 不燃の木の研究が今すごく進んでいます。そういうものを使うと、都市はもう一回、安全で、なおかつ日本的な感性のまちができます。

○石原知事
 今、隈さんからいいこと聞いた。例えば、六本木ヒルズは何かバラバラでしょ。ああいうところが、燃えない木全体でつくるとか、あるいは、全部をクリスタルな感じにするとかね。そういうことを考えたらいい。
 それから、木造密集地域というものが東京にはあって、震災でも焼け残って、戦争でも焼け残ったところがあるんですよ。地震が来ると本当に怖いところですけどね。ただ、僕は、そういうところを視察すると、案外、変な団地に行くよりもずっとファミリアなわけ。トイレから隣の台所が見えて、サンマを焼いていて、「きょうサンマですか」、「そうなんですよ」と。そういうインティマシーのあるまちは捨て難いんですよね。それがまさに「住む」ということだと思うんだな。

○隈さん(コメンテーター)
 その地区全体での防災を考えてやれば、個々の建物は、かなり昔ながらのつくり方もできるわけです。密度とヒューマンスケールの共存は、日本人の知恵です。でも、それが、密度とヒューマンスケールじゃなくて、密度は超高層しかだめとなると、つまらなくなってしまうんですね。

○泉さん(コメンテーター)
 下町のほうをまち歩きして、いいなと思うところは路地が狭くて、地震のときに危ないという場所です。隈さんの新建材を使って、安全な木でああいうものが見事に再生できたりすると、すばらしいと思います。
 それと、僕は、結構、景観的な露悪の部分が好きなところがあって、例えば看板などでも、秋葉原みたいに、ああいうものがごちゃっとなると、それはそれで東京的な色気というものがでるわけです。だから、例えばイタリアのベネチアなんかに行って、塔に上ってまちを見ると、確かに美しいんだけど、このまちにずっといたら飽きるんじゃないかと思うことがあります。やはりどこかにアコムの看板がはってないかなとつい探してしまうようなところがあります。
 電車などに乗っていて、野立の広告看板であるとか、ああいうものも日本に定着した一種の風景‥‥。武家屋敷‥‥。時代は違いますけど、そういう原風景の中に擦り込まれたものではないかというところがあります。
 僕らは、土蔵にホウロウで貼ってあるものが、もうほのぼのした風景になっちゃうんですよ。そういうものは年代差があって、僕は、きのう、28歳の建築家と話していて、今、日本橋の首都高をどこかに埋めてしまって、もとの川の感じを再生したほうがいいみたいな話をしていたときに、その28歳の建築家は、あの首都高が上にかぶさっている朽ち方がいいんですよと言うんです。そういう、特にクラシックなものに対しては、年代差が確かにあるなと思っています。
 まちづくりをしていくときに、それぞれが勝手なことをしていては結局バラバラになるわけで、一番上に立つ方はトータルで見られるようなプロデューサーみたいな人が望ましいと思います。

○石原知事
 この中にいろいろな方がいらっしゃるので、逆にお聞きしたいけど、年代、年齢、立場によって違うだろうけど、東京に住んでいて何が一番不便ですか、何が一番不愉快ですか。

○都民
 子どもが2人いるんですけど、歩くのがとても不便です。歩道をもっと強化されたらいいのではないかと、本当に日々思っています。公園はたくさんあるのですが、公園にたどり着くまでが自殺行為というか、車にひかれないようによけながら歩く。それがとても耐えられないと思います。歩道と車道を別々にしていただいたらどうかと思っています。できたら、環状線を地下に埋めて、そこを緑の歩道にしていただくぐらいにしていただきたいと思っています。

○都民
 武蔵村山市から来ました。私たちの市は、電車とかが一つも通っていない市で有名になってしまったまちです。
 知事さんにお願いしたいですけど、ぜひともモノレールを、上北台東大和市から瑞穂町、箱根ヶ崎でしょうか、ともかく、そういう鉄道が通る市として、見捨てないでいただきたいと思います。

○宮崎さん(コーディネーター)
 今いろいろご意見が出ました。さあ、これからどうしていこうかということを最後のまとめのコメントで皆様に伺っていきたいと思います。

○月尾さん(コメンテーター)
 2点申し上げたいと思います。一つは、日本では、外国ではこうだという意見が明治以来あります。もちろん参考にするのはいいけれど、やはり自信を持って、自分たちのものは何かと考えていかないといけないと思います。まちというものも、どうしたらほかにないまちができるかという発想が必要だと思います。
 もう一つは、現代は「公」と「私」というものの力関係があまりにもいびつになっていると思います。もちろん、「私」は大事だけれど、さきほどから出ている公園の問題とか歩道の問題というのは、「公」という概念を社会の中で多くの人が認めないと、解決していかないと思います。自分はこうだという意見をあまりにも強く主張しすぎるのはだめではないかと思います。
 そういう点で、これから100年単位の時間がかかると思いますが、日本しかない、東京しかないまちをどうつくるかという発想と、「公」という概念を多くの人が理解していく必要があると思います。

○隈さん(コメンテーター)
 郊外の都市というのは、20世紀の都市のつくり方だったと思いますが、今、都心型の成熟都市に世界じゅう切り換わっています。東京は特に、外へ延びようと人口が伸びていた時代から、人口が減っている今の時代には、濃密なところでいかに快適な都市をつくるか。そのためには、先ほどの環状の構想とか、そういうものがうまくリンクすると、日本人は、本来は都心型のところでぎゅっと住むことが得意です。これは、好機到来なので、もう一回、日本人の知恵とセンスを総動員して、都心型のいい都市をこれからつくっていけるのではないか。
 皆さんは、自分のやりたいことを、どんどん意見を言っていかれるのがいいと思います。それが基本になりますから。

○泉さん(コメンテーター)
 まち歩きをしていて、この何年かつまらないなと思ったのは、どこも画一化されたというか、似ているんですよね、どのまちも。特に郊外のほうは、20年ぐらい前はまだ、同じ郊外でも練馬と東の足立区は雰囲気が違ったけど、今はどこに行っても同じようにデニーズがあって、カーコンビニ倶楽部みたいなものがある。郊外は同じような感じになって、繁華街も似たような感じになった。歌舞伎町はああいう感じでいいと僕は思っているけど、六本木なんかは、六本木ヒルズはできたけど、六本木のもとのまちは歌舞伎町みたいな店が雑居ビルに増えて、昔のスノビズムというか、そういうものがまちからなくなって、東京のまちは似通ってきているという印象があります。
 ですから、僕は、町内会単位ぐらいでまちをテーマづけて、うちのまちはこうやってこうみたいな、そういう動きが出てくることを一番望みたいと思います。

○宮崎さん(コーディネーター)
 それでは、知事、今日のディスカッションを受けて、これからどうするかということですが。

○石原知事
 皆さんと一緒に、これからどうするかということを、積極的・具体的に考えていきたいと思います。その前提に、皆さん、案外認識していないことがあるので、それを念を押しておきたい。
 それは、日本の可住面積、つまり人間が簡単に住める面積は非常に少ないんです。可住面積というのは、傾斜度が12度以下の平地のことです。イギリスは、日本の国土の3分の2ぐらいしかないけど、イギリスの可住面積は日本の8倍です。ドイツは、一部アルプスを持っていたりするけど、日本の12〜13倍です。フランスにいたっては日本の20倍あります。これは、東京なら東京という、関東平野の一部にこれだけの機能が集中してしまうと、いろいろなしわ寄せが、地政学的なマイナス要件になってあらわれてきて、道路1本をつくるのも大変だし云々で。首都東京に集積・集中が進み、人口もどんどん増えてくる。しかも、首都に籍を置いて国全体を牛耳っているのが中央官僚で、彼らの発想は、廃藩置県で殿様の代わりに官選の知事が出向いていって中央のままに地方を仕切ってきた、あのころの太政官制度と全然変わりない。
 一部敗戦の後の立ち直りには効果があったことはあったのですが、もうとにかく通用しない。そういう政治のスキームは、いまだにいろいろなひずみができているこの国を、例えば都市なら都市の改造に限っても、仕切っているわけです。
 それからもう一つ。この日本という国土は、世界最大の火山脈の上にあります。世界で一番地震の可能性の高い国土に私たちはいるんです。世界で活火山は800あるそうですけど、そのうちの85が日本にあるというこの国土の地政学的な条件を相当勘案して、都市の計画や道路の計画を考えないといけない。日本の進んだエンジニアリングでもそんなエネルギーにとても追いつかないでしょうが、そういうものの幾つかの前提を意識して、皆さん‥‥。
 この東京をできる限りどうするかということを、これからもいろいろ、ぜひご意見をいただきたいということを逆にお願いして、終わります。ありがとうございました。(拍手)

○宮崎さん(コーディネーター)
 今日は大変貴重なご意見をいただきました。限られた時間でしたが、今、知事がおっしゃったように、どんどん意見をおっしゃっていただいて、よりよい社会をつくっていくということで、これからも前に向かって進んでいっていただきたいと思います。
 今日はどうもありがとうございました。(拍手)