〜東京ビッグトーク〜石原知事と議論する会

平成17年4月11日更新

「これからの文化振興を考える」
平成16年度第3回「〜東京ビッグトーク〜石原知事と議論する会」議事概要


テーマ  「これからの文化振興を考える」

日時  平成17年2月15日(火)14時から15時30分まで

場所  東京都現代美術館講堂(江東区三好4-1-1 木場公園内)

参加者

写真:石原知事と議論する会の様子(出席者)※石原慎太郎都知事は欠席(風邪のため)

コメンテーター
 福原 義春さん(資生堂名誉会長・東京都写真美術館館長・(社)企業メセナ協議会会長・理事長)
 大友 直人(なおと)さん(指揮者・東京文化会館音楽監督)
 今村 有策(ゆうさく)さん(東京都参与〈文化行政担当〉・トーキョーワンダーサイト館長)

コーディネーター
 平野 啓子さん(語り部・かたりすと・キャスター)

公募都民 158人(うち発言者2人)

発言要旨

 以下は、出席者の発言内容を生活文化局広報広聴部で要約し、取りまとめたものです。

○司会
 本日、石原知事は風邪のため欠席させていただくことになりました。大変申し訳ございませんが、ご了承ください。
 それでは、平野さん、お願いいたします。

○平野さん(コーディネーター)
 本日のテーマは「これからの文化振興を考える」です。早速、東京における文化の現状について、コメンテーターからお話を伺います。
 まず、東京都写真美術館の館長として館の運営に携わられ、企業メセナ協議会の会長として文化活動を支援されている福原さん、東京の文化や文化活動の現状についてお願いします。

○福原さん(コメンテーター)
 私は東京都写真美術館の館長をしております。どこにあるかをご存じない方が多く、まだ周知不足だと思い、いろいろな努力をしてまいりました。4年前突然館長に指名されて以来、大ざっぱに言いますと、東京都からの補助は、ほぼ半減し、入館者数は40万人で、ほぼ2倍になりました。しかし、何よりも私が念願しているのは、美術館にお金を払って入っていただくということでは必ずしもなくて、100人でも200人でも、一つの展覧会がその人の人生に影響を与えるような仕事をしたいということです。
 東京には、世界の都市と比べても多くの美術館があり、世界中の絵や写真の展覧会が見られます。ところが、何か東京には文化の香りがない。それは一体なぜだろう。東京都の文化予算は、財政難のために非常に削減された状況ですが、私は必ずしも、予算が少ないからではないと思っています。一番痛切に感じるのは、(東京の人が)古いものを捨ててしまって新しいものに飛びつくことです。文明開化と同時に文化を入れかえてしまう。せっかく江戸時代から続いた文化がありました。それなのに、今、東京になって文化の香りがないのはなぜだろうと思っておりまして、それを回復するには一体どうしたらいいかということを、後ほどお話ししたいと思います。

○平野さん(コーディネーター)
 指揮者として国際的に活躍されている大友さん、お願いします。

○大友さん(コメンテーター)
 私は音楽家ですので、東京の文化状況を音楽の側面から紹介させていただきます。
 東京というまちは、世界のどの大都市よりもクラシックの演奏会がたくさん開かれている都市です。ニューヨークやパリ、ロンドンなどとは比較にならないほどの数が催されている、世界最大のクラシックの市場です。過去20年ぐらいこういう状況が続いています。何万人という方が演奏会に来られているという状況です。
 しかしながら、本当に一人ひとりのライフスタイル、家庭の生活の中で、コンサートホールに通う、あるいは、一つのオーケストラのサポーターをしている、長く一人の音楽家の成長を一緒に楽しみながら人生を送っているというような意味で、ふだんの音楽会との付き合いがどれくらい親しみを持たれているかということになりますと、非常に大きな疑問が湧いてきます。
 この奇妙な状況をどうやって次のステップに持っていくかということが、東京のみならず、日本全体の文化といいますか、市民生活と文化とのかかわり合いのキーポイントかなと思っています。

○平野さん(コーディネーター)
 東京都の文化行政に直接携わられている今村さん、いかがでしょうか。

○今村さん(コメンテーター)
 大友さん、福原さんからお話があったように、文化の香りがないまちというか、マーケットとしては大きいのに、どこかさびしい風が吹いているのは一体何なのかというのは、東京の文化にとって大事なテーマだと思っています。
 私が館長をしているトーキョーワンダーサイトは、若手のアーチストの支援と、さまざまな芸術間の交流のための場所として、2001年につくられました。ワンダーサイトは、東京都庁の廊下に若手の作家たちの絵を飾ったらということで始まった絵画の公募展をきっかけに、若手を支援し、チャンスを与えることによって、もっと具体的に育成する場所がないかということで生まれました。
 今まで数々の若手の作家たちがそこで展覧会を開き、徐々に育ってきています。また、小さなギャラリースペースですが、若手でがんばっている演奏家、作曲家たちの紹介をして、特に、なかなか演奏される機会がない現代音楽を含めて演奏会を行っています。単に演奏するだけではなくて、作曲家や演奏家に聴衆と話をしてもらいます。現代の美術や音楽を、もっとみんなに知ってもらって、若い作家をみんなで一緒に育んでいこうということです。
 このような活動の中から、我々自身の芸術・文化を自分たちの手で育んで、自分たちで才能を育てていくということを始めていくべきではないかということでワンダーサイトの活動もしておりますし、そういう形でできれば、東京のこれからの文化振興についても考えていく必要があるのではなかろうかと考えております。

○平野さん(コーディネーター)
 ここで、都民からの提案ということで、松邑和敏さん、お願いします。

○松邑さん(都民)
 文化とは、すべての都民が美しさを求める心を持ち、心豊かに暮らすことではないかと考えます。そして、文化は、都民一人ひとりの質の高い生活そのものであり、決して特別で一部の人のものではないと考えます。
 私は、昨年の秋、世田谷区主催の生涯学習セミナーの区民企画員に応募してなったのですが、こうした催しへの参加は無料ですが区民の関心はいまひとつで、受講者も集まりにくいという現状にありました。私たち企画員は、区民の視点から、ある自治体の清掃職員の方で本を出版された方がいらして、その方を講師にお招きしました。そして、私たちにできることとして、ごみの減量化や分別の大切さなどを、収集される側の立場から学び、講師や受講者の方々と貴重な意見交換を図りました。こうした身近な問題を考え、意見交換できる場を公民が協力してつくりだし、もっと多くの方々が参加できるようにPRしていくことも文化振興の一つではないかと考えます。
 もう一つ、子どものころから文化活動をする機会を提供したり、演劇や音楽などの芸術文化に触れられる機会を設けていくことも必要だと思います。一例として、私は先日、調布市が後援している演劇ワークショップに参加しました。3日間という短期間で、見ず知らずの中学生から50歳代までの男女が、「死」と「争い」といったテーマから演劇をつくり上げ、演じていきました。皆さん結構楽しんでいて、演劇は観るだけのものではなく、自分でつくり、演じていくものだという喜びの声が上がりました。こうした貴重な文化活動を体験できる取組みを公民一体となって推進していくことも、文化振興になるのではないかと思います。

○平野さん(コーディネーター)
 大きくうなずいてお聞きになられていた福原さん、いかがでしょうか。

○福原さん(コメンテーター)
 おっしゃるとおりです。
 東京という空間は、あまりにお金を儲ける空間になってしまっているんですね。それとバランスするものがなければ、人々の生活は、いくらお金があっても豊かにならないと考えています。そのバランスするものは何か。お金では満たされないもの、あるいは、目には見えないものがいくらでもあるはずです。
 こういうこともあります。NHKの「趣味の園芸」の3月号で、江尻光一さんがお書きになっていることです。来週から東京ドームで世界蘭展が始まり、そこで知っている人に会えば挨拶するけど、知らない人同士は知らん顔をしている。しかし、梅林に行って梅をながめていると、全く見知らぬ人がそこで挨拶をする。それはどうしてだろう。
 私の考えでは、片やお金で買うような蘭が並んでいる場所、片や、たぶん入園料は払わないところも多いと思いますが、まちの梅林に行って、時間を楽しんでくるときの人間の心の豊かさは違うのではないでしょうか。ならば、それをどうやって一緒にすることができるのか。
 一つにはホスピタリティという問題があります。よく、商売をやっている方はサービスと言われます。例えば、1万円分買えば1,000円引きますとか、そんなに買っていただいたならお茶を一杯飲んでいってくださいとか。しかし、そういうサービスはお金と財の交換を伴う場において大きく出現してくるのであって、そういうことがないときに人々が居心地よくなることがホスピタリティではないでしょうか。芝居小屋でも、美術館でも、ホスピタリティはあり得るのではないか。そういうところに行って、心が豊かになったような、生活をエンジョイすることができるような空間が増えてくることが大切ではないかと考えています。
 それから、子どもが小さいうちにできるだけ文化に触れる。文化というものは決して人さまがつくったものをながめているだけではなくて、自分でも演奏してみる、描いてみるというチャンスが与えられるべきですし、それが一体となったときに一つの文化に対する体験が生まれるのではないかと考えています。哲学者のピエール・ブルデューは、「文化資本」という概念で、子どものときに、例えば美術館によく行った人は、社会人になると必ず再び美術館に戻ってくるような種類の人になると言っています。子どものころにそういう体験があると、社会人になってから必ずそれが、いろいろな行動にあらわれるようになるはずです。

○平野さん(コーディネーター)
 子どものころから文化活動に携わる機会はとても大切であるというお話について、大友さんはどのようにお考えになりますか。

○大友さん(コメンテーター)
 子どものころから音楽に親しむ環境があることはすばらしいのは当然ですが、具体的にどういうことがあるだろうか。
 例えば、私が音楽に興味を持ったり、好きになったのは、家庭での出来事だったと思います。レコードを聞いたり、ピアノを弾いたりしているのが好きだったらしくて、親がピアノを習わせたのが始まりでした。小学生のころからオーケストラの音楽が好きになりました。上野の東京文化会館に、最初は親に連れられて行き、行き方を覚えてからは、山手線に乗って一人で通ったこともあります。
 学校教育の中では、オーケストラ鑑賞教室というものがありまして、小学校のときに、先生に引率されて聴きに行きました。そのときの感想は今でも覚えています。いつもレコードで聴いているオーケストラよりも音が荒っぽいな、小さいな、スカスカの演奏だなと。ふだんから本格的な演奏会をときどき聴いていましたので、悪い言葉で言えば、子どもを相手に音楽教室をやっている演奏に対しては非常にがっかりしたのを覚えています。それと、ふだんの演奏会の会場の雰囲気と、いろいろな学校から集まってきて、ワーワーギャーギャー言っているのがだんだん静かになって演奏が始まるような雰囲気とは、似て非なるもので、これは音楽会じゃないなと思ったことを覚えています。
 私は、文化、例えば音楽との出会いというものはとても大事だと思います。今まで気がつかなかったことにパッと気がついたり、全く関心がなかったものにあるときハッと引き込まれる、そういうことはたくさんあると思います。子どものころから、家庭生活の中で、プライベートな生活スタイルの中でいろいろな文化に興味を持っていくことがとても大事です。
 では、もっと突き詰めて言うと、興味を持つということは何だろう。感受性とか感性の問題だと思います。ものに対する感受性をどのようにして豊かなものにしていくのか。そういうきっかけは家庭、親子関係、友人関係、そういう中から自然に生まれてくるものだと思います。
 音楽を伝えるということではおもしろいことがあります。例えば、オーケストラで音を出して、子どもの目を見て、これおもしろかったでしょと言ったときに、今までおもしろいということすら気がつかなかった子どもがそこにテンションをして、本当だ、おもしろいんだと思ったときに、その子の感性がぐっと広がることがあります。
 例えば、親と小さい子どもが海を見たときに、怖いと思うか、きれいと思うか、親が何でもない海をながめて本当に感動したようにきれいだと思っていれば、子どもも、これは何かあるのかもしれないと思うかもしれない。例えば退屈な音楽会でも、それを本当にうれしそうに聴いている観客を見たときに、これは何かあるのかなと思ってがまんして聴いているうちに、自分もそれに引き込まれていくようなこと。そのような具体的なことがこの国には欠けているかもしれない。
 音楽会も学校から鑑賞教室に行って、これがすばらしいベートーベンの音楽だ、ブラームスの音楽だ、そういうものではなくて、私が申し上げたようなレベルでの価値観を、実はみんな持っていると思います。
 私はよく、どんなオーケストラにしたいですかと言われたときに、ある意味では、本当に定評のあるいいレストランのようなオーケストラにしたいと思います。そこのお店に行けば、本当においしい食事がゆったりした気持ちで楽しめる。要するに、コアな音楽ファンではなくても、とにかく東京都交響楽団の演奏会に行けば、文化会館の演奏会に行けば、それだけでいい気持ちになれるし、聴き応えのあるいいものをやっている、そのレベルでの認識を持たれるようなオーケストラになりたい。
 レストランなども同じだと思います。もちろん、トレンディを追いかけていくことも大事ですけれども、それと同時に、ある種のそういう安心感、安定感、そういう価値観でとらえられてくる国になってもらうといいなと。
 とりとめもない話ですけれども、いつも感じていることです。

○平野さん(コーディネーター)
 都民の北川千恵子さん、お願いします。

○北川さん(都民)
 私は、首都としての東京ではなく、郷土としての東京の文化振興について、提案します。
 東京は首都ということで、全国から人や物、情報がいろいろ集積されてくるのですけれども、そのために一地方としての個性がその中に埋没しているように感じております。東京の独自の文化について、全国に発信すること、またその前に、東京人自身に認識を深めさせる機会を設けていただけたらと思います。
 東京独自の文化はいろいろあるかと思いますが、例えば江戸東京博物館、下町の文化資料館などができたおかげで、歴史とか風俗については、体系的に学べる機会もかなり増えてきております。また、たてもの園に行けば、東京の建物についても学べるようになっています。ただ伝統工芸については、今のところ、台東区と葛飾区には区の展示施設があると聞いていますけれども、まだそれほど大規模ではないと思います。知事が指定している伝統工芸品として40種類以上のものがあると聞いております。それをぜひ、皆様に知っていただける機会を都で設けていただけたらと思います。
 まず、小中学校や都立高校で、伝統工芸について実際に工房を見学するとか、体験的に学習できるような機会を与えるとか、都立高校や都立大学、都内のカルチャーセンターでそういうものを学ぶ講座を設けるとか、あるいは、予算がないということであれば、都の広報紙に連載するとか、都民広場で見本市を開催するとか、いろいろあるかと思いますけれども、ぜひ、一地方としての東京の伝統文化の保護、広報にもう少し力を入れていただければと思っております。よろしくお願いします。

○平野さん(コーディネーター)
 今村さん、いかがでしょうか。

○今村さん(コメンテーター)
 本当にごもっともだと思います。先ほど松邑さんが言われたことと、実は大事なところは同じで、自分たちの暮らしとか生き方を、どうやって自分たちの価値基準で楽しみ、かつ、育んでいくかということだと思います。だから、ローカリティというのは、概念として歌舞伎があるからとか何とかではなくて、僕らが今生きていくときに、自分たちが本当に楽しめる、これが大切だと思うものを大切にして、その時間を過ごすことから文化が生まれてきます。
 実は、ウィーンフィルも、ウィーンの市民が育て、なおかつ、その市民が育てたものが国際性を持っていたということで、それが世界各地の人たちにも愛されるようになっている。
 だから、国際性と地域性というのは反発するものではなくて、地域性という、自分たちが本当に大事な価値だと思っていることを極めていけば、実はそれは国際的な価値が与えられるのだろうと思います。
 子どもの鑑賞教室の話が出ましたが、実は、僕も鑑賞教室は苦しい体験がありまして、あんなものなら行かないほうがよかったと思っているような記憶があります。
 東京都の事業のことをお話ししますと、鑑賞教室も大事ですが、ワークショップ型の、子どもに体験して味わってもらうようなことも始めています。今年度から始めたものですが、まずクラシック音楽をやりまして、今、伝統芸能として能狂言をやっております。大鼓の大倉正之助さんにプロデューサーになってもらって、狂言の三宅右近さんとか梅若万三郎さん、いろいろな方に来ていただいて、子どもたちに能狂言を教えてもらっています。実際に行ってみて驚いたのは、まず三宅右近さんが、子どもに狂言の謡(うたい)を教えたんですね。みんな正座して、ご挨拶してやる。右近さんが謡をうなったときに、ものすごい音量と、子どもたちが体験したことがないような音のうねりというか、抑揚があって、子どもたちがびっくりした。子どもたちは、おそるおそるまねをして声を出した。右近さんが、もっと大きい声でと言って、子どもたちが大きな声を出し始めた瞬間に、たった一言でしたが、子どもたちがガラリと変わって、50人の子どもたちが一斉に、右近さんの謡の抑揚とリズムに合わせて、大きな声で謡を始めました。それを聞いていたら、本当にうれしくなりまして、子どもたちも楽しくてしようがなくて。伝統芸能を持っていらっしゃる方が、目の前で、生の声で、その空間を味わっていると‥‥。それを見ただけで、成功したんだと。要するに、結果として何ができたということではなくて、子どもたちが見事に出会えているということです。いいものを与えるとか何を習熟できたかとか、そういうことではなくて、感受性とか感性のレベルで出会える場所をつくっていけたらいいなということで、今年、その事業を実験的に立ち上げているのですが、ぜひ、うまく進めていきたいと思います。
 ただ、東京都は、首都であり、なおかつ、広域ネットワークのハブみたいなところですので、区や市町村といった、もう少し身近なコミュニティがそういうことをやりながら、東京都としては、ネットワークとかインフォメーション、あるいは、プロトタイプを提供するといったさまざまな活動が可能になっていくだろうと思っております。
 それと同時に、各美術館とか劇場も、今もいろいろな子ども向けのプログラムをやっています。ですから、東京は、そういうインフォメーションのネットワーク拠点みたいな形でこれから活動していけたらいいと思っています。

○平野さん(コーディネーター)
 文化を育むということについて、もし客席からご提案がありましたら受けさせていただいて、その後で福原さんにお答えいただきたいと思います。

○傍聴者1
 品川区に住んでいるOLの佐藤と申します。
 私の両親は、私をいろいろな美術館に連れていってくれたり、リサイタルに連れていってくれたりして、いろいろな文化への窓口をたくさん開いてくれました。非常に感謝しております。
 美術館に行く、コンサートに行くということを日常的にやっている親であれば、その子どもたちはおのずと感受性が開かれるチャンスが多いと思います。
 それに関して、例えば東京に美術館とか博物館が何百もあると、リサイタルも何百とやっているというお話はよく聞きまして、確かにやっております。行きたいと思う展覧会もたくさんあります。ただ、サラリーマンには行ける時間帯のものが非常に少ないです。6時で閉まるとなると、普通に働いている、子どもを持っている親たちは行けないと思います。土日に回っても回りきれないものがたくさんあるので、例えばパリのルーブル美術館は、週のうち何回かは夜9時、10時まで開いていたりしますけれども、そういう感じで、まず大人たちにも身近なところに、いろいろな文化に触れるチャンネルを開いていただけないかと。そのやり方を考えていただければと思います。

○傍聴者2
 私は関西人です。二人の子どもは東京の私立を出ております。息子は、今年の正月に来てみたら、東京には文化がないと言いました。娘のほうは、東京には文化があると言うんです。そこの違いは何かというと、親がどのようにして子どもと接してきたか。東京に来て思ったのですけれども、本当の都民になりきらない限り本当の文化は生まれないような気がしました。娘は東京で生きようという心の根を生やしたときに、東京のすべてのものを受け入れたいから、いろいろなところに出ていると思います。東京の大学を出た息子は、東京で生きようと思わないから東京のいいものが見えなくて文化がないと思っているだけだと、私はそう解釈しています。
 と思いますと、今から大人になろうとしている子どもたちの心の中にどのようにして東京都が文化、音楽、絵、すべてのものにお金をかけずに触れる機会を与えるかが、一番大事なことだと思います。人の命と文化、大人と子どものかかわりを、戦後のようにもう一回、いい意味で逆戻りして、人の心の中に文化を見えるように、これから東京都にはしていただきたいと思います。

○福原さん(コメンテーター)
 大変失礼ですけれども、まとめてお答えさせていただきます。
 一つは、伝統工芸についての問題ですけれども、私も非常な危機感を持っています。なぜならば、伝統工芸というのは、その地方のライフスタイルに基づいて昔から伝わってきたもので、いまや、そのほとんどは使われなくなってしまっているものです。ですから、博物館行きになってしまう以外にないんです。それについては、いろいろなところで、いろいろな試みが行われています。例えば、金沢市では、職人大学というものをやっています。
 もう一つは、今、着物を着る習慣がなくなりまして、この間、ある呉服屋さんの番頭から聞いたのですが、ある有名な方に、ご夫婦で、浴衣でパーティをやるからいらしてくださいというお声がかかって、奥さんの浴衣はどんな浴衣なのか、だんなさんは当然素足ですけど、奥さんは足袋をはかなくていいのかという質問が出たときに、呉服屋さんはほとんど答えられなかったそうです。その場合には、奥様は、浴衣の一つ上の絹紅梅とかそういうもので、足袋をおはきになるのが礼儀だそうです。伝統工芸ばかりではなく、なくなってしまっているライフスタイルそのものを伝えていく機会をつくることも、私たちの役目ではないかと思っています。
 それから、先ほど、夜間の開館というお話がありました。これはいろいろな美術館でやっております。ただ、現実の問題として、6時以降においでになるお客さんは非常に少なくなってしまいます。そうすると、光熱費、人件費などいろいろな費用を考えると、それを皆さんの税金で賄っているわけですから、これも考えなければならない。では、どうしたらいいのか。私たちはそれを放っておくつもりはありません。何らかのお答えを将来するようにしたいと思います。
 もう一つ、文化についてのお話がありましたけれども、私は文化に対する定義として、ある地域の人たちがよりよく生きようとする、その過程が文化であると考えています。例えば縄文時代の人たちは、あんなすばらしい火炎土器をつくりましたけれども、あれは100万円で売るためにつくったものではないと思います。私たちは今、お金で文化を買うことになってしまっている。そういうことを少しお捨てになると、文化は伝わりやすいのではないかと思います。
 両親が子どもを連れて美術館なり博物館、演奏会なりに行くことも、とても大切なことだと思います。去年10月に開館した、金沢市の21世紀美術館では、全小学校の全児童を美術館に1クラスずつ来ていただく計画になっていて、お子さんが来ると、その方に“もう1回券”を差し上げる。それを持って帰ると、「お父さん、僕は“もう1回券”持っているから一緒に行こうよ」と言って、今度はお父さんが来るという仕掛けをつくっています。次世代にどうやって文化を伝えようかということについては、皆さんそういうふうにして、いろいろ熱心に勉強し、経験し、試行錯誤しております。
 文化予算が減ってきても、私たちは知恵でそれをカバーして、昔やっていたことよりももっといいことをやろうと常々思っております。

○平野さん(コーディネーター)
 福原さんは資生堂の名誉会長で、経営者としても立派な方です。その方が写真美術館の館長をされている。だからこそ「お金で文化を買うということを捨てる」ということがおっしゃれるお立場なのではないかと思います。
 芸術を行う側から見ますと、身を削って芸術活動をするのが基本ですが、実際には、あれもこれも自分でやって、あえぎあえぎ活動していくような状況が続き過ぎたときに息切れして困ってしまうこともあるかと思います。ただ、お金の援助となりますと、日本では難しい点もいろいろあると思います。残り10分ぐらいですが、お金のお話もお伺いしたいし、その中で人材育成の話も伺えればと思っております。
 税金の問題があるらしいという話を聞いたのですが、大友さん、世界各国をご覧になってお気づきの点などがありましたら教えてください。

○大友さん(コメンテーター)
 フランスは、国の文化予算ではけた違いに大きいです。いろいろな分野の芸術にサポートしていて、これはこれでうまく機能しています。
 それから、意外ですが、アメリカは文化予算はほとんどゼロです。ところが、メトロポリタン美術館もあったり、オペラもあったり、いろいろなオーケストラがあったりします。これは、税制が違うからです。
 簡単に言いますと、日本の場合、税金は国や地方自治体が一回全部集めて、それを分配しているわけです。アメリカは、個人が税金の納め場所を指定できる制度があります。ですから、出すほうは同じ額を出すのですけれども、例えば東京都交響楽団にこれだけの額を納めたので、納めた分だけ都民税が減らされる。簡単に言うと、そういう税制があるわけです。そういうことでアメリカなどは回っていますが、実は、これが半端ではない額です。納税先が指定できるということで、相当豊かな財源を得ることができる。私は、日本もそういう方向に行ったほうが少し健康なのかなという気がしております。
 それから、伝統文化の話は本当にそうだと思います。美術、工芸、芸能もそうだと思いますけれども、例えば、浪曲の広沢虎三の「清水次郎長伝」などは本当にすばらしい芸能です。今、それが聴けないし、それを聴く場所も知らない。これも大問題だと思います。何とかそういうほうでもがんばっていただきたい。
 もっと言いますと、美術館やオーケストラはどういう経済状況で成り立っているのか、ほとんど誰も知るよしもないというのが現状です。あそこの美術館もオーケストラも一生懸命にがんばっていて、自助努力をして、スポンサーを集めていい活動をしているということはわかっているけれども、もっといい活動をするためには、少しドネーション(寄付)しないといけないかもしれない、そういう基本的な認識をある程度市民レベルで持っていただくような情報を、流していく必要があるかと思います。

○平野さん(コーディネーター)
 福原さん、そういった状況の中で、もっとみんなが意識を高めることによりだいぶ変わりそうですか。

○福原さん(コメンテーター)
 環境づくりでしょうね。
 東京芸大の田中先生が、東京芸大オーケストラを高校に連れてくるんです。そうして、茶髪の学生がガヤガヤ騒いでいるとする。ところが、フルで1曲やるとシーンとなるそうです。同じ世代の人たちがこんなに真剣にやっていることに対してうたれる。だから、文化とか芸術とか言うけど、結局は、感受性を育てるということだと思います。
 動物行動学者のローレンツは、教育が均一化して、情報がメディアで肥大化してくると、人間の感性は衰えるということを言っていますから、それに反対していく何事かの運動を起こさなければいけないわけです。僕たちは折に触れいろいろなことをやっているわけですけどね。

○平野さん(コーディネーター)
 今村さんから、都の政策側に立っている方として皆さんへのメッセージをこめて、あと、大友さん、福原さんからもメッセージをいただいて、この会を終了したいと思います。

○今村さん(コメンテーター)
 東京には、いろいろなアイデアを持って、行動力を持って、自分で切り開いている人たちがいっぱいいます。そういう人たちに協力してもらって、予算がなくても、例えば規制緩和であるとか、システムを変えるとか、そういうことはどんどんやっていけると思います。
 実際に、今、東京都の中では、公共空間、公園であるとか、今まで使用制限が高かったものを、どんどん垣根を低くしていこうということをやっています。
 僕も関連しているストリート・ペインティングという事業では、公共空間をみんなに使ってもらうために開放しようということで、若い絵描きにトンネルに絵を描いてもらったり、あるいは、築地市場で余っているところを演劇の人たちに稽古場として使ってもらおうとか、行政としても、予算を使わなくても、垣根を低くするということではやり方がいっぱいあると思います。これはアイデアみたいなところがあって、皆さんにご意見をいただいたり、アドバイスをもらいながら、いろいろなアイデアを盛り込んだ東京の文化の政策をつくっていきたいと思っています。

○大友さん(コメンテーター)
 抽象的な話ばかりしましたけれども、例えば東京都がいろいろな文化政策をやっていくということは、具体的なことをやっていかなければいけないわけで、アイデアは大事だと思います。アイデアを、失敗を恐れずに試してみる。失敗したらまた戻ればいいですから。その辺の臨機応変さというか、東京都も柔軟性を持っていろいろなことにチャレンジしていただけたら、いろいろな道が開けてくるのではないかと思います。

○福原さん(コメンテーター)
 もし、知事にお願いするとしたら、もうちょっとがんばれよと僕たちの背中を押してくれるだけで十分だと思います。

○平野さん(コーディネーター)
 きょうは、ここに知事がいらっしゃったらという思いでいっぱいですよね。まだまだ知事登場の機会はたくさんありますので、またお運びいただければと思います。また、ぜひ多くの意見を今後もお寄せいただければと思います。
 どうもありがとうございました。(拍手)