知事の部屋

 
猪瀬都知事「知事の部屋」
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平成25年1月4日更新

知事の新年あいさつ

 1月4日、都庁第一本庁舎5階の大会議場において、「職員に対する知事の新年あいさつ」が行われました。

職員に対する知事の新年あいさつ

 皆さん、明けましておめでとうございます。
 今年は、2020年東京オリンピック・パラリンピックが決まる年であります。そして、スポーツ祭東京2013、これは健常者と障害者が一体となってやるスポーツ祭典になりますが、このスポーツ祭東京も1月26日に開会し、郡山でスケート大会が開かれます。
 こういう中で、この年末年始、財務局の皆さんは多分、休みがなかったんじゃないかと思いますけども、この1月1日、例年そうですが、『一年の計は元旦にあり』と、こう言われていますから、皆さんも今年の1月1日に、様々な思いがあったと思います。
 僕も初めて都知事として、皆さんと新年を迎えているわけですけれども、この東京が日本を支えなくてはいけない。こういう重責をひしひしと感じております。それは皆さんも同じでしょう。東京が日本の心臓でありますから、この東京が頑張らなければ、日本は沈没してしまう。
 これから1月4日、予算の査定が始まりますが、4、5、6、7、8と続けてずっとやります。そして、9日にロンドンに向い、そこで、世界にメッセージを発表します。オリンピックまでは大きなステップがあります。このロンドンでメッセージを発する。そして、3月に(IOC)調査団が来る。これが2ステップ。そして、7月にローザンヌでプレゼンする。そして、9月7日に決まる。こういうことで、運命を皆さん、一緒に背負ってやり抜きたいと思います。

 お正月に大河ドラマで、綾瀬はるか主演の会津藩を中心にした物語のPRをやっていましたが、僕は皆さんに是非読んで欲しいなという本があります。それは「ある明治人の記録」という本で、中公新書にあります。会津藩は東北の下北半島の近くの寒村地帯に移封され、そこで何にもない竹林や草原で開拓を始める。柴五郎という人はその後、明治政府に入って、軍隊に入って、大将までいきます。つまり、そういう負けた側の会津と勝った側の藩閥、薩摩・長州は、最後には一緒になって明治国家を建設するんですけれども、その苦難の足跡を是非、読んで頂きたいなと。それは僕が20代の頃に、その本をある先生に紹介され、読みました。日本の近代化というものは大変なプロセスを辿って、一人ひとりがみんな礎となってやってきたんだなということがよくわかります。

 それからもう一つ、幕末の戊辰戦争で官軍が幕府軍を破りましたが、これ、官軍と幕府軍の鉄砲の数はだいたい同じだったんですね。軍隊の数も。どこが違ったか。官軍がですね、こういう筒袖を着た。今の我々の背広みたいな軍服を着た。ところが、幕府軍は和服ですね、こういうところをぎゅっ縛ったりして、そして袴みたいのをはいて、裾からげて、やっている。そのまず服が違う。それから官軍は音楽を持っていた。行進曲ですね、マーチ。小太鼓を持って、横笛を吹いて、整列する。これ当たり前のことのように思うけれども、整列して二拍子で行進する。しかも小太鼓に合わせて、笛を吹きながら行進する。これが決定的な差だったんですね。
 何を申し上げたいかというと、鉄砲の数は同じだと、ハードは同じだけれども、いち早く西洋から取り入れたソフトウェアが違った。服が違っていた。音楽が違っていた。あるいは普通に行進する、そのやり方が違っていた。こういうソフトウェアを早く取り入れた官軍が幕府軍を打ち破っています。
 つまり、音楽やファッション、こういったものが我々にとっては端のほうにあるように思うかもしれないが、実はそれは新しい発想で、新しいノウハウなんですね。その新しいノウハウを取り入れた官軍が幕府軍を打ち破っていくんです。これが近代化です。
 で、我々は今、そういう当時、幕府軍に対し官軍が勝ったような、新しい知恵をどれだけ持ち合わせているか。今、我々は先進国であり、そして首都東京は世界で最も誇らしいシステムを取り入れた都市でありますけれども、何かもうひとつ、何かもうひとつ、一歩先を行くものを探して、そして、ニューヨークやロンドンや、あるいはパリや上海やシンガポールと違うんだ、そういうものを本来、我々は持っていますが、さらに新しく何かを付け加えて、後で100年後に見たら、あっそうだったのかというふうなものを身につける必要があるし、発想力というものはそういうものだと思います。
 だから、会津藩の藩士がものすごい苦労をした。そういう苦労しながら生き残ろうした。さらには新しいソフトウェアを取り入れた官軍というものがあって、それがやはり近代の大きな展開を造り上げた。
 こういうことで、皆さんとともに、東京を、本当に昨日と違う東京にしていくための術を一緒に考えていきたいと思うんです。

 繰り返しますが、ここで、日本はバブルが崩壊して20年経つんですが、安倍政府がインフレターゲットとか、色んな経済政策を打とうとしていますが、しかし、大事なのは心のデフレ。何か、もうちょっと試したほうがいいな、あるいはもうちょっと変えたほうがいいな、そして、こうやればもっと良くなるな、こういうことを少しでも多く考える。それが2020年の東京オリンピックを目指す、オリンピック・パラリンピックを目指す、そういう気持ちと重なって、閉塞感を打破して、仕事を、去年と違う仕事を是非皆さん、新しく何か付け加える仕事を、発想力を加えて、もちろん、努力をして頂いて、一緒に2013年を歩みたいと思います。
 皆さんの期待に応えなければいけないと僕も思っています。では、これで新年の挨拶とさせていただきます。